六月三日 関門海峡の手前にて
小さな一隻のタグボートが海を行く。タグボートはゆっくりゆっくりと自分よりも大きな船を曳いていく。
「あっ【ちよだ】……元か」
タグボートよりも少し大きいだけの掃海管制艇からも大きな船が曳かれていくのを見るのは、迫力があってなかなかに面白い。だが、もう自力で航行できない船という物に寂しさを感じるのもまた事実である。
「先にいってもらおう」
艦橋からの号令で進路が変わる。自分は大きな船の後ろをしばらく追いかけるような形になる。そして、よく見れば飛行甲板の上にもう一隻、役目を終えた船が固定されていた。
「大きいと【艦霊】がいなくても仕事があるんだなあ……」
船が最期の最後、解体場へ向かうのを見るのはこれが初めてではない。昨年は兄だった船を、その前にもたくさんの先達を岸壁から見送ってきた。
「今日はいい天気だ」
青い空に白い雲がよく映え、瀬戸内海は穏やか。ゆっくりと進む青いタグボートだけを切り取って絵画にしたならば、神戸かどこかの博物館に飾っても良いくらいだ。そして、そのタグボートが曳くのは灰色の船。タグボートが遠ざかれば、曳かれるその船も遠ざかる。灰色は海と空の間の色。少し目を離せばすぐに紛れて見えなくなってしまった。
別れの言葉は届かない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます