六月三十日 宿毛港

 昨日からの雨がいよいよ激しくなり、太平洋に面した薄暗い港内の波はそれに合わせて大きくなる。岸壁に接している右舷側から、ゴリっと嫌な音がした。そっと右翼から覗き込めば、予測通り右舷側のペンキが剥がれ掃海艇独特の木肌が海水に洗われていた。防波堤が以前よりもしっかりと整備されたとはいえ、木造掃海艇を削るなんてことは造作もないようだ。

「はあ、やっぱりだよな」

海に浮く木っ端を眺めながら呟く。すぐ後ろの兄艇【ゆげしま】は出港ラッパを鳴らすと無駄のない動きで荒れる波間を縫うように進んでいく。その見事な操艦には毎度のことだが感心してしまう。勿論うちの艇長だって負けてはいない。もやいを離し、うちの旗流の自慢のラッパが港内に響く。俺もいよいよ出港だ。雨のせいで少ない見送りが手を振る。あと何回この光景が見られるだろうか、そんなことを思いながら雨靄(あめもや)の中に消えていく港を見る。ドックはまだ先であるが我が家たる無法地帯に帰れば、削れた右舷と雨漏り等々の修理が待っている。

「さあ、帰るぞ」


 繰り返しの日常がまだ続くことを噛み締める。

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