第10話 お嬢様は監視役の家で暴れる

「間宮くん、もう少し落ち着いたらどうなの?せっかくのリムジンなのよ?」


「……あのな、俺みたいな一般人がこんなのに乗ったらこういう反応して当然なんだよ。いきなりリムジンに乗ってリラックス出来る奴がいたらそいつの頭がイカれてる」


 華恋さんが優雅にグラスでジンジャーエールを飲んでいる中、俺は怯えた子犬のようにブルブル震えながら座っていた。


「ちなみに間宮くんは今までに車に乗ったことはあるの?」


「あるわけないだろ……」


「それなら良かったじゃないの。人生初の乗車がリムジンよ、皆に自慢出来るわね。おめでとう」


「何もめでたくないよ!高校生にもなって俺が初めて乗った車がリムジンだなんて言えるわけないだろ!恥ずかしいにも程があるわ!」


 嬉しそうに拍手をする華恋さんに対して俺は反論した。どう考えても馬鹿にされている。


「それは残念。でも、もしかしたら誰か一人は羨ましがるかもしれないわね」


「無い!100%無い!これは断言出来る!」


「乗ったことがない人はそう思うかもしれないわよ。間宮くん諦めないで」


「……これに関しては素直に諦めるけど。そもそも言わないし」


「お嬢様、颯馬様。まもなく颯馬様の自宅に到着致します」


 どうでもいい話をしている間に俺の家付近まで来ていたみたいだ。

 それにしてもこのリムジンって凄いな。内蔵放送で運転席から後部座席に直接伝達が出来るようになっている。


「この放送凄いでしょ!私が付けて欲しいって言ったら黒條が付けてくれたのよ!」


「そ、そうなんだ……」


「値段言っちゃうけどこれだけで200万円よ。凄いでしょ?」


「………」


 俺は俯いてもう黙り込むしかなかった。200万円、もっといい使い道があったはずだ。こんなオプションに使うくらいなら、丸ごと俺に投資して欲しいくらいの話だよ。

 今日は生きていることに対してとことん自信を失う日だな。もしかして命日なのか。


「間宮くん、あなたの考えていることは言わなくても分かるわ。こんなことに200万円使うのなんて勿体ないとか考えているんでしょ?」


「……は、はい」


 華恋さんはドヤ顔で俺に言う。

 どうして考えていることが分かるのか不思議でしょうがない。俺の顔に答えでも書いてあるのだろうか。そうでもない限り普通は分からないだろ。


「普通のリムジンに乗ってもつまらないじゃない?何か面白い物ないかしらって考えた時に出たのが内蔵放送だったのよ。目的地に着くって言われた時に任務が始まるみたいな感じがして気分も上がるでしょ?」


「いや、そうかもしれないけどさ……」


「……かもしれないけど……何?」


「ううん、やっぱなんでもないや」


 華恋さん、実は俺が監視役をしてること知っているんじゃないのかな。


「お嬢様、颯真様。ご到着致しました」


「間宮くん、着いたみたいよ。降りましょう」


「ああ」


 黒條さんがドアを開けて俺達はリムジンから降りる。

 そして、当然のことだが目の前には俺の住むアパートがあった。


「黒條ありがとね。とりあえず直ぐにでも要件は済むと思うからここで待機していて」


「了解致しました」


「それじゃあ、間宮くん行きましょうか」


「分かった、案内するから着いて来て」


 とてもじゃないが、華恋さんの服装は場違いだった。どんよりと沈んだ空気のあるアパートにキラキラのドレスを着たお嬢様がいるんだぞ。混沌すぎるだろ。


「それにしても汚いわね。よくもまあこんなところに住んでいるわね」


「汚くて悪かったな。でもここしか住むところがないんだからしょうがないだろ」


「あ、別に間宮くんが汚いとか決してそういう意味で言ったわけじゃないからね。勘違いしないでよね」


 そんなことは分かっているつもりだが。どうしてそんなツンデレ口調で言う必要があるのだろう。


「着いたぞ、ここが俺の住む部屋だ」


「ここが間宮くんの……それじゃあ早速中に入らせて頂くわね」


「おい!せめてインターホンだけでも」


 時すでに遅し。華恋さんは玄関のドアを開けて奥へと入っていってしまった。


「おー、颯馬。早かったじゃねぇか……ってあんた誰だよ!?」

 

 リビングで横になっていた親父は華恋さんを見て驚き立ち上がった。

 それもそのはず、いきなりドレスを着た見知らぬ女性が堂々と家に入って来たら誰だって驚くに決まっている。


「私は間宮くんの彼女の九条華恋です。以後お見知りおきを」


「あんたが颯馬の彼女!?べっぴんさんじゃねぇか!おい!颯馬、どうして連絡もせずにこんな家に連れてきたんだよ!」


「それはこの人に聞いてくれ」


「……どういうことだ?」


 俺も説明するのが面倒くさいので、後は全部華恋さんに任せることにした。いざという時は流石に止めには入るとは思う。


「私はお話があってここに来ました。お父さんは間宮くんがバイトを頑張っているのをご存知なんですよね?」


「それは勿論だ。家計を支えるために学校の合間に必死に働いてくれているよ」


「それなのに何故あなたは一切働こうとしないんですか?子供の働いたお金で生活していて親として恥ずかしくないんですか?」


 親父が「てめぇ、話したな」という表情で俺を睨んできたが俺は知らないフリをする。


「あんたには関係ねぇだろ。家の事情も知らないくせに余計なこと言うんじゃねぇよ」


「いえ、間宮くんから全て聞きました。お母さんのことも全部。それを聞いた上で私は今ここに来ているんです」


「それなら尚更余計なこと言って欲しくないね。俺が働かない理由だって聞いたんだろ?俺は働かないぜ?残念だが、もうそんな体力も気力も持ち合わせて……ぐはっ!」


 親父の話の途中で華恋さんがいきなり横腹に強烈な回し蹴りを決める。親父はその場で膝から崩れ落ちた。


「……てめぇ……何しやがる……!」


「失礼、言い訳があまりにも見苦しかったのでつい蹴ってしまいました」


「何が見苦しいんだ!あいつが倒れてから俺はもう何を頑張ればいいのか分からねぇんだ……ぐほっ!」


 今度は宣言通りに親父の頭を踏みつけた。まさか本当にやるとは思わなかったぞ。


「てめぇはさっきから他人の親に何してやがる!とてもじゃねぇが許される行為じゃねぇぞ!」


「親だと言うなら少しは間宮くんに親らしいところを見せたらどうなんですか?仕事もせずに毎日ダラダラと生活をして一体何になるんですか?それでお金が入るなら誰も苦労しませんよ」


「じゃあなんだ。俺に働けって言うのか?」


「当たり前じゃないですか。子供のために働くのを諦めた親など親として認められるはずがない。それに奥さんの代わりに子供達を支えるのが本来のあなたの役目のはず。それを放棄したあなたに生きる価値などありません」


 言葉自体は強いが、華恋さんの言っていることは正論だ。


「……分かった。働いてやるよ」


 今まで俺の言葉に何一つとして耳を傾けてくれなかった親父が華恋さんの言葉に心を動かされたみたいだ。


「分かればいいんです。家族のために頑張って働いて下さいね。応援していますから」


「………」


「それでは私はこれで失礼します。間宮くんはもう少しお借りていきますから」


 華恋さんはそう言うと親父の頭から足を下ろして服装を整える。


「てか、まだ俺は華恋さんに付き合うの?」


「当然よ。まだまだ遊び足りないもの。車もあることだし、少しドライブしましょう」


 俺達が玄関へ向かおうと振り向いた時、後ろから「ダンッ!」と床を飛び跳ねるような大きな物音がした。


「さっきはよくもやってくれたな!お返しだ!」


 先程の蹴りと踏まれたことで親父は激怒していた。親父が華恋さんに襲いかかる。

 距離的に俺が行っても間に合わない。


「か、華恋さん!」


「……大丈夫よ」


 その瞬間、玄関が開き外から黒條さんが勢い良く入ってくる。

 そして親父の顔面を殴り拘束して床に押さえつけた。


「痛てぇな!お前誰だよ!」


「私はお嬢様の執事です。玄関で監視させて頂いていたところ、あなたがお嬢様に危害を加えそうだったのでこのような措置を取らせて頂きました」


「お嬢様!?まさか九条ってあの九条か!?」


「ええ、その通りよ。改めて紹介します、私は九条財閥の一人娘の九条華恋。よろしくお願いしますわね」


 今度は裾を軽く持ち上げて会釈する。顔を上げた時、親父に向けて華恋さんは不敵な笑みを浮かべた。絶対に何か怪しいことを企んでいるに違いない。


「これに懲りてお嬢様にはもう手出しはしない事だな。分かったな?」


「いででっ!分かったって!分かったから! 離してくれ!」


 黒絛さんは親父の拘束を解く。しかし、親父の身体はもうボロボロになっていた。


「そうだ!黒絛、私いいことを思いついたわ!この人をお父さんに頼んでどこかの会社で雇って貰えばいいのよ!」


「それは構いませんが、お父様が何と仰るかは私には分かりかねますので。その辺はご自身でお話されてみては如何かと」


「そうね、それが一番かも。それじゃあ間宮くんのお父さんお邪魔しました。また来ますね」


「……二度と来んじゃねぇ」


 倒れたままの親父を放置して俺は華恋さん達と一緒に車へと向かった。


「言いたいこと言えたし、踏みつけることも出来たし満足だわ!」


「お嬢様、あまり無理はなさらないで下さい。私がもし護衛出来ていなかったらどうなっていたことか……」


「その時はあなたの首が飛ぶだけよ」


 何エグいこと言ってんだ。黒絛さんの気持ちも少しは考えてやれよ。


「さてと、これからドライブしながら今後についてお話しましょうか。私も間宮くんに出来る限りの協力がしたいの」


「……良いのか?」


「勿論よ。私は間宮くんの彼女だもの。困っていたら助けて上げるのは当然のことよ」


「ありがとう」


 こうして急遽、俺の家を訪れて起きた騒動は無事に幕を下ろした。

 この先の話し合いで俺の今後の生活が一変することをこの時の俺はまだ知る由もない。

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