第9話 お嬢様の家へと潜入 その3
ひとまず、華恋さんが紅茶とお菓子を用意してくれた。
俺は心を落ち着かせるために一口だけ紅茶を飲んで一息入れる。
「……それで華恋さん、話って何?」
「そんなに焦らないでよ。別に強く問いただすつもりもないわ」
「そ、そっか」
「それとも私に何か隠していることでもあるのかしら?」
「……無いです」
俺は少し間をおいて返事をした。本当は隠していることなんて山ほどあるのだけれど、その大半が即人生終了レベルなのでバレるわけにはいかない。
「……そう、ならいいのだけれど。それなら早速質問させて頂くわ。間宮くんは普段どんな一日を送っているの?」
「おれ……?俺は早朝からバイトして、学校終わった後もバイトしているよ」
「朝と夜?それは大変ね。それなら貯金もかなりあるんじゃないのかしら?」
「……そんなわけないだろ」
俺は拳を握り締めて俯き、苛立ちの表情を浮かべる。
「……何かあったの?」
「言っていなかったけど俺の家は貧乏なんだ。今家族が生活出来ているのは俺が毎日バイトをしているからだ」
俺は荒っぽい口調で答える。
「お母さんが入院しているのは知っているけど、お父さんはどうしたの?働いていないの?」
「親父は働いてない。母さんが倒れてからおかしくなって家でゴロゴロしているだけだよ」
「そのことに対して間宮くんはどう思ってるの?」
「嫌に決まってるだろ。親が仕事しないで子供に働かせてその金で生活してるんだぞ。そんな親いてもいなくても一緒だろ。何度言ったって働こうとしないし、俺は諦めたよ」
正直、華恋さんにこんなことは言いたくなかった。ただ監視役である以上は華恋さんから信用を勝ち取りたい。
教えられる範囲のことなら隠さずに話をしようと考えた。
「そうなのね。ところで間宮くん、今もお父さんは家にいるのかしら?」
「妹もいるから多分いるとは思うけど……」
俺がそう言うと華恋さんは目付きを変えて勢い良く上がった。
かなり怒っている感じがするのは気のせいだろうか。
「……分かったわ。じゃあ、ちょっと部屋の外で待ってて貰えるかしら?」
「え、うん」
部屋の外で待ってろって一体何なんだろう。俺にプレゼントでもあるのか。
そんなことを考えながら華恋さんを待つこと二十分。ようやく華恋さんが部屋から出てきた。
「待たせたわね」
「……どうして着替えたの?しかも……その服装……」
先程までのパーカーとショートパンツではなく、パーティーに着ていくような青色のお洒落なドレスを身にまとい俺の前に現れた。
化粧もして、その美しい姿はまるでどこかの国のお姫様みたいだ。
「今から間宮くんの家に行くからよ。お父さんに挨拶しに行くのだからドレスコードは当然よ」
「今から俺の家来るの!?」
突然の話に俺は戸惑いを隠せなかった。さっきまで家でのんびりしたいと言っていた華恋さんはどこに行ってしまったのだろう。
「そうよ?ダメなの?」
「いや、だめではないけど……なぜ?」
「人の話聞いてなかったの?間宮くんのお父さんをぶん殴りに行くのよ」
「待て待て!挨拶って言ってたのにぶん殴るに変わっちゃってるじゃん!」
いきなり会ってぶん殴るとか一体どんなメンタルをしているんだ。俺の家でストリートファイトは絶対にしないでくれよ。
「なんだ、ちゃんと人の話聞いているんじゃない。ちなみに殴りはしないわ。踏みつけるくらいで勘弁してあげようかと思っているわ」
「殴るのも踏みつけるのも、どっちも大して変わりないよ!」
ダメだ、華恋さんは本気で親父に武力行使するつもりだ。
「そんなことないわよ。男の人は女性に殴られるよりも踏みつけられたり鞭でシバかれる方が好きだって聞いたことがあるわ」
「それは特殊性癖がある人に限るよ!うちの親父はそんな性癖持っていないから安心して!」
安心してと言うのもおかしな話だが、俺は華恋さんがそういう性癖を知っていることに驚きを隠せなかった。何で情報を得たのか気になってしょうがない。
「そうなのね。じゃあ、間宮くんはあるのかしら?今なら特別に生足で踏みつけてあげるけど?」
「俺だって持ってないよ!……でも、華恋さんにならして貰いたいかも」
「うわっ……変態……」
「か、華恋さんが言ってきたんじゃないか~~~~~~!」
華恋さんはゴキブリを見るような目で俺に冷たい視線を送っていた。
「真面目に答えた間宮くんの自業自得じゃないの。私は何も悪くないわ」
「く、くそっ……」
「そんなに落ち込まないでよ。間宮くん、元気が出るように踏んであげるわよ?」
「だから俺はそんな性癖持ってないんだってば~~~~~~!」
「はははっ!本当に間宮くんは弄っていて楽しいわね!どうしてそんなに面白い反応してくれるのかしら!」
腹を抱えながら華恋さんは笑っていた。この笑顔が今見れているのは最初に出会った時に自殺を止められたからなんだと考えると感慨深いものがあるな。
「俺だって弄られたくて弄られているわけじゃないのに……」
「え?そうなの?」
「真顔でそういう反応するのやめてくれないかな……?」
「冗談よ、冗談」
どんな返しをしても華恋さんは俺の上を行く。一体どうしたら会話で華恋さんに勝てるのだろうか。俺だって決してコミュ力が低いわけではないんだけどな。
それなのに、どうしてこんなにも喋れる華恋さんは友達を作ろうとしないのか謎である。
「……というか、話を戻すけど本当に家に行くの?」
「もちろん、行くわよ」
「その格好で電車乗るの?」
「乗るわけないでしょ!間宮くんは本当に馬鹿ね。今から呼ぶ私の執事に車を持ってきて貰うから、それに乗って一緒に行きましょう」
「りょ、了解した」
見当たらないからいないと思っていたんだけどやっぱり執事いたんだ。住んでいる世界が違い過ぎて俺の思考は停止寸前だった。
『華恋お嬢様、おはようございます。今日はどのようなご用件で?』
『おはよう。今から私の彼氏の間宮くんの家に行くの。運転お願い出来るかしら?マンションにいるから至急で』
『了解致しました。すぐに向かいます』
華恋さんが執事に電話を済ませてから五分も経たないうちにインターホンが鳴った。
「随分早かったわね。間宮くんも急いで玄関行くわよ」
「あ、ああ……」
なんだか急に慌ただしくなってきたな。
俺達が靴を履き、玄関を開けると大きな男が立っていた。
「華恋お嬢様、改めてましておはようございます。車の手筈整っております」
「ありがとう。間宮くん、この人が私の執事の
「は、初めまして、間宮颯真です」
「あなたがお嬢様の彼氏さんですね。中々にイケメンじゃないですか。お嬢様、こんな良い男どこで見つけになられたのですか?」
「あ~~~~~!その話はまた今度してあげるから!早く駐車場に行きましょう!」
見た目はかなりヤクザ張りの人だが中身はとても優しそうだ。華恋さんに対しても親身になって接している。流石は執事だ。
エレベーターを使い地下の駐車場に到着。黒條さんがいても華恋さんは壁際で震えて座ったままの状態だった。黒條さんが「まだ治らないのか」といった感じで終始涙目だったのでどうやらかなり苦労しているらしいな。
「お嬢様のご要望で今回はこちらをご用意させて頂きました」
「やった~~~~~!乗るの久しぶり~~~~~!」
「……マジ?これに乗るの?」
目の前に止まっていたのは長さ8メートル近くのリムジン。もう俺は言葉が出なかった。
「それじゃあ、間宮くんの家に向けて出発よ!」
「………」
「間宮くん出発よ!?もっと元気出しなさいよ!」
「……この状況で元気なんか出せるわけないだろ!」
既に午前中の出来事だけで俺のメンタルは崩壊寸前である。
これから家に着いて華恋さんがどんな行動を起こすのかと考えるだけで不安で押し潰されてしまいそうだ。
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