第4話 お嬢様には命の大切さを知って欲しい

 喫茶店を後にした俺達はとある場所へと向かっていた。

 今度は俺が華恋さんを目的地に連れて行く番である。


「間宮くん、私を一体何処に連れていくつもり?」


「それは着いてから説明するって言ったじゃん」


「私に隠し事なんて良い度胸ね」


「それ……昼間も聞いたよ」


「そうだったかしら?」


 華恋さんはとぼけた顔で答える。


「もしかしてだけどまだ俺で遊んでる?」


「当たり前でしょ。間宮くんみたいな真面目で何でも真に受けそうな人が私は大好きなの。でも、ちょっと間宮くんはお馬鹿過ぎるかしらね。こっちまでお馬鹿になりそうで怖いわ」


 そこは嘘でも違うと言って欲しかったよ。

 しかも、途中まで褒められたかと思えば、逆に罵詈ばりを浴びせられた。


「俺だって一応は入試一位で入学しているんだからね?」


「勉強が出来るからって頭が良いとは限らないわよ。例を挙げるとすれば、間宮くんが何も考えずに私に恋人になってくれって言ったじゃない?あれは流石に馬鹿すぎると思うわ。もっと他に私の自殺を止める方法は無かったのかしら?」


「あんな人が自殺する場面で冷静に考えている余裕なんて全くなかったよ。どうにかして華恋さんの命を助けなきゃって思って出てきた言葉がそれだったんだからしょうがないじゃないか」


「だからっていきなり告白するかしら?」


「逆にそれを承諾した華恋さんも相当おかしいと思うんだけど?」


「「………」」


 両者共に黙り込む。


「わ、私は別に良いのよ!」


「何が良いの?」


 先に口を開いたのは華恋さん。少し頬を赤くして照れているご様子だ。


「良いのは良いの!私が良ければ何でも良いのよ!」


「お願い~!教えて~!」


「しつこいわね!それ以上聞くとこのカッターで首切って自殺するよ!?」


 華恋さんは制服の内ポケットから取り出してカッターの刃を数センチ出す。

 この前の小刀といい、どうして刃物を持ち歩いているんですか。ドラ〇えもんの四次元ポケットなら未だしも、どんな刃物でも出てくる制服なんて俺は嫌だぞ。


「……分かったよ。てか、それ早く隠して」


「どうして?」


 俺は「んっ」と言って周りを指差す。当然のことだが、ここは街中。いきなりカッターなんて刃物を出せば周囲が警戒心を持つのは幼稚園児でも分かることだろう。


「だから!どうしてもっと早く言ってくれないのよ!」


「俺のせいにするのは違うでしょ!勝手にカッターを出したのは華恋さんでしょ!?」


「出させたのは間宮くんよ!私のせいにしないで頂戴!」


「ふざけるな!そもそも華恋さんが答えないからいけないんじゃん!」


「こ、答えるわけないでしょ!本当に今ここで自殺してあげてもいいのよ!?」


 そう言って華恋さんは再びカッターを取り出した。


「なんでまた取り出すんだよ!馬鹿なの!?」


「馬鹿!?よくも私に向かってそんな言葉言えたわね!私よりも馬鹿なくせに!」


「馬鹿って言った方が馬鹿なんだよ!」


 俺はここで必殺奥義の『〇〇って言った方が〇〇なんだよ!』を繰り出した。他の人なら間違いなく乗ってくるが、果たして華恋さんはどうだろうか。


「それなら今のところは間宮くんの方が一回多いわよ!残念でした、お馬鹿さん」


「はい、残念!今一回言ったから五分に戻りました!」


「今のは『お馬鹿さん』だからカウントされないのよ。間宮くんが言ったのは『馬鹿』でしょ?」


「でも、今言ったよ?」


「……あっ」


 人の揚げ足取りばかりして、いつの間にか子供の喧嘩になってしまっていた。

 しかし、華恋さんがこんな口車に乗ってくるとは思わなかったぞ。


「……あの、そこの二人ちょっといいかな?」


「「はい?」」


 振り返るとそこには警察の人がいた。


「高校生っぽいカップルが喧嘩していると通報があってね。少し話聞いてもいいかい?」


「「…………」」


 俺達は互いに顔を睨みつけた。

 警察の人が来てから二十分くらいだろうか。俺達が何をしていたのかこっぴどく質問をされて、それに対して答え続けた。


「まあ喧嘩するのはいいけど皆の迷惑にならない程度で喧嘩してね。それじゃあ、お幸せに」


「「分かりました。すいません」」


 特にお咎めも無しで済むことが出来た。カッターの件もどうにか誤魔化せたし一安心。


「全く、警察のお世話になるなんて思わなかったわ。本当に最悪よ」

 

「……それは俺の台詞せりふだよ」


「もう反論する気もない。さっさと目的地に連れてってよ」


「はいはい、分かりましたよ」


 色々と面倒事に遭い、体力的にも精神的にも疲れ切った俺達の歩みはアリ以下だった。


      *      *


「はい、着いたよ。ここが俺が連れて来たかった場所だよ」


「え?ここって……病院じゃないの?」


「そうだよ。ここに俺が華恋さんに会わせたい人がいるんだ」


 ここは東京でもかなり優秀な先生が多い医科大学病院だ。

 俺は毎日のようにここに通っている。


「会わせたい人って一体誰なのよ。そろそろ教えてくれても良いんじゃないの?」


「まだだよ。もうすぐ病室に着くから」


 エレベーターで七階まで上がった俺達は病棟の一番奥へと進んでいく。

 そして、目的の病室付近まで来ると看護師さんが出てきた。


「あら?颯真くん、こんにちは。毎日ここまで来て大変じゃない?」


「いえ、そんなことないですよ。俺に出来ることはこれくらいですから」


「……そうかもね。それと、その隣にいるのはもしかして彼女かしら?」


「実はそうなんです……うっ!」


 俺がそう言うと華恋さんの肘が脇腹を直撃した。

 華恋さんが「どうして言ったのかしら?」という顔で俺を睨んだ。


「随分と美人な彼女さんね。颯真くん頑張っているからご褒美かもしれないわね」


「……かもしれないです」


「じゃあ、ゆっくりしていってね」


 看護師さんは軽くお辞儀をして俺達の前から去っていった。


「……間宮くん、余計なこと、言わないでね?次誰かに言ったら飛び降りるからね?ここ七階だから良い感じに死ねる気がすると思わない?」


「分かった!分かった!言わないから!早く入るぞ!」


 俺は強引に華恋さんの手を引き病室へと入る。

 この病室は個室、そこには一人の女性がベッドの上で横になっていた。


「……間宮くん、この人は?」


「……俺の母さんだよ」


「……え?」


 華恋さんの表情が一変して沈んだ表情をする。

 それもそのはずだ。俺の母さんは寝たきりでぴくりとも動かないのである。


「母さんは三年前に謎の病で倒れてから意識が戻らないんだ。ここに運ばれて検査をしたんだけど原因は未だに不明。先生の話では可能性があるとすれば心臓じゃないかって話なんだけど」


「……そうなのね」


「そんな暗い顔しないでよ。俺は今日、華恋さんを紹介するために連れて来たんだからさ。近くまで来て声だけでも聞かせてあげてよ」


「分かったわ」


 華恋さんは母さんの近くに座り、耳元に口を近づける。


「は、初めまして。間宮くんのお母さん。私は九条華恋といいます。間宮くんの彼女です。これからどうぞよろしくお願いします」


「………」


 当たり前のことだが、母さんは反応しなかった。万が一にも今ので母さんの意識が戻りでもしたら医者なんてこの世に必要ないだろう。

 だが、その「万が一」に期待した自分が少なからず存在した。俺はもう一度母さんの声が聞きたい、それだけを願いここまで通っていたのだ。それくらいは思ってもいいはずである。


「彼女も出来たし、勉強の方も順調だから何も心配しなくて大丈夫だからね……家のことも」


「………」


「それじゃあ、また来るから!おやすみ!」


「し、失礼します!」


 病院を出てからもずっと華恋さんは暗い顔をしていた。

 そんな華恋さんに俺は質問を投げかける。


「……少しは命の大切さ、分かって貰えた?」


「え?」


「俺が華恋さんを母さんに会わせた理由は二つある。一つは彼女が出来たことを報告、二つ目は華恋さんに命とは何か分かって貰うこと。どうだったかな?」


「……どうって言われても」


 華恋さんは困った表情をする。


「華恋さんは俺の母さんを見てどう思った?」


「悲しくなったわ。生きているのに会話が出来ないなんて悲しすぎるわよ」


「それだけ分かれば十分だよ。あのね、華恋さん。俺は華恋さんが死んだら悲しいよ。仮に自殺をしてそのまま意識が戻らなくなった時のことを考えてご覧よ。いくら呼びかけても返事は返って来ないんだよ。そんなの辛いじゃないか」


「……そうね」


「華恋さんが死んだり、意識不明になった時に悲しむ人がいることを絶対に忘れないで欲しい。俺もそのうちの一人だ。俺は君が死のうとしたら全力で止める」


 きっと華恋さんにはそういう感情が今まで無かったんだと思う。

 大切な人が急にいなくなったりする場面に遭遇して来なかったからなのか、それとも単純に分からなかったのか。そこまでは俺も聞きはしなかった。

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