第3話 お嬢様と監視役の1日
一悶着はあった俺達はギリギリのところで朝のHR前に教室に戻ってくることが出来た。この学校ではHRにいなければ即欠席扱いという厳しいルールがある。間に合って本当に良かった。
「……はぁはぁ……間宮くん。あなたが余計なことをしなければこんなに疲れる思いをしなくて済んだのよ。どうしてくれるのよ」
「連れ出したのは華恋さんの方だろ……はぁはぁ……俺に責任はない」
息を切らした俺達は机に顔を伏せていた。
「……そんなこと言っていいのかしら?私と間宮くん、私の方が立場が断然上なのよ?お分かり?」
「言っている意味がさっぱり分からない」
「そう。じゃあ行動で示すのが一番手っ取り早いかしら」
「え?ちょ、華恋さん!?ここ三階だよ!」
華恋さんは教室の窓に足を掛けた。
「どうしたのかしら?間宮くん?」
「華恋さんの言っていることがようやく理解出来ました。今すぐそこから降りて下さい。お願いします」
「……分かればいいのよ」
そう言うと華恋さんは窓から足を下ろして席に座った。華恋さんに自殺願望がある以上は俺は下手なことは出来ないのだ。今更ながら俺はそれに気付かされた。
「華恋さん、ひとつだけいい?」
「何かしら?」
「皆も見てるから学校ではやらないでね?」
教室の生徒全員が窓際の俺達二人を見ていた。
華恋さんはそれに気付くと俺の襟をぐいっと引っ張り、口元を手で隠して俺の耳に当てる。
「ど、どうしてもっと早く教えてくれないのよ!?」
「教えるも何も、窓に足掛けたら皆の注目の的になるに決まってるでしょ」
「た、確かにそれもそうね」
華恋さんは意外なところでアホだった。そんなこと小学生でも分かるだろう。
今日の朝の発見は華恋さんが照れ屋であること、そして少しアホだということだ。
俺の中の華恋さんのイメージが徐々に崩れかけてきた。
* *
昼休み、俺は華恋さんに誘われて屋上で一緒に昼食をとっていた。
ちなみに誘われたのは今回が初めてである。
「俺と一緒にお昼食べるなんて大丈夫なの?」
「間宮くんと食べることによって私に何か不利益になるようなことがあるのかしら?」
「……特にはないと思うけど」
「それならいいじゃない。早く食べないと昼休みが終わってしまうわ」
華恋さんは運動会で見るような豪華で大きい弁当を食べていた。中身を見ると高級食材ばかりだった。とても貧乏な俺では食べれない。流石はお嬢様だ。
「華恋さん、凄い弁当だね」
「ええ、私の家には専門のシェフがいてね。毎日お昼になると届けに来てくれるのよ」
「じゃあこれって出来立てなの!?」
「当たり前じゃない。冷めた弁当なんて食べたくないわ」
あなたの目の前の人がその冷たい弁当を毎日食べていることを忘れないでください。
「……美味しそうだね」
「そ、そんなにジロジロ見ても何もあげないわよ!」
「その牛肉美味しそう」
「これは私の大好物よ!死んでもあげないわ!」
自殺しようとしていた人が一体何を言っているんだか。
「死んでもあげないなら普通は自殺はしないんじゃないんですか~?」
「それはそれ、これはこれよ。間宮くんは冗談も通じないの?随分と可哀想な脳みそをお持ちなのね。もう一回幼稚園からやり直してみたらどうなのかしら?」
俺は半分悪ふざけでド正論を華恋さんにぶつけてみたのだが、見事に返り討ちにあった。でもさ、そこまで言わなくても良くないかな。俺辛くて泣いちゃうよ。
「ていうかさ、その量を一人で食べきれるの?」
「………」
俺の言葉に華恋さんの箸がピタリと止まった。また地雷を踏んでしまったかと俺は焦る。
「か、華恋さん?」
「……なのよ」
「え?」
「私はこの位食べないとすぐにお腹が空いてしまうのよ!」
華恋さんは涙目になりながら俺を睨み訴えかける。しかし、この弁当箱って冗談抜きで相当大きいんだぞ。縦10センチ、横30×30センチはあるんじゃないかな。
「そ、そうだったんだね。何も知らないで聞いてごめん」
「本気で悪いと思っているなら放課後私に付き合いなさい」
「放課後?何するの?」
「私の行くおすすめの喫茶店があるの。奢りなさい」
随分とストレートな要求だな。どこにも反論の余地がない。
「分かった、奢ってあげるよ。それなら俺もちょっとお願いがあるんだけど」
「何かしら?」
「華恋さんに会って貰いたい人がいるんだ」
「それは一体誰かしら?間宮くんのお友達?」
「……違う、けど今はまだ言えない。そこに着いてから説明がしたい」
俺は目を泳がせて言葉を詰まらせながら言う。
「私に隠し事とはいい度胸ね。まあ、いいけど。会ってあげるわ」
「ありがとう」
隠し事なんて今丁度しているところなんだけど、華恋さんに俺が監視役ってバレてしまったら一体どうなってしまうのだろう。一番重要なことを俺は社長に聞いていなかった。
「さてと、じゃあ食べ終わったし教室戻りましょうか」
「も、もう食べたの!?」
あれだけ入っていたおかずとご飯が弁当箱から消えていた。全部が華恋さんの胃袋の中に収まっていることを考えると末恐ろしい。
「これくらい普通よ。それにこれだけ食べても三時頃にはお腹空いているの。本当に困った身体なのよね」
「……俺、あんまりお金持ってないから。お願いだから加減して食べてね」
「そんなの無理に決まっているでしょ。それこそ私に死んでって言っているようなものよ」
「……死なない程度で食べて下さい」
「それだと私が食べ過ぎで死ぬように聞こえるじゃない。間宮くんしっかりしてよ」
この状況で何をどうしっかりすればいいのか俺には理解出来なかった。今の俺が考えられるのは財布にいくら入っていたかだけである。
* *
帰りのHRが終わり、俺達は華恋さんの行きつけの喫茶店へと向かっていた。
学校を出てから電車に乗って着いたのは渋谷。駅を出て今は歩いているところだ。
「着いたわよ、ここが喫茶店よ」
「おお~、ここが華恋さんの行きつけの喫茶店か~」
「良い感じのお店でしょ?早く入りましょ!」
心なしか華恋さんの表情が柔らかくなっていたような感じがしたが気のせいだろうか。いや、気のせいではなかった。店内に入る華恋さんの足が軽くスキップをしていたからだ。
きっとここに来ることを楽しみにしていたのだろう。行動で感情が筒抜けな華恋さんは監視の任務としては非常に有難い。
「店内も落ち着きがあって良いね」
「そうでしょ!このレトロチックな感じが私は好きなのよ!」
店内に入ってからも華恋さんの興奮は高まるばかりである。こんなにはしゃいでいる華恋さんを見るのは初めてだ。
「……じゃあ、食べたいやつ注文していいよ」
「それじゃあ、遠慮なく頂くとしましょうかね」
そこからは俺にとって地獄だった。華恋さんは予想を遥かに超える量のスイーツを注文したのだ。パンケーキにパフェ、クレープ、マカロン、シフォンケーキ、アップルパイ、もう数えきれない程に注文してそれら全てを平らげてしまった。
「あ、あの華恋さん?」
「あら?どうしたの?」
「……僕の財布じゃここの支払い出来ません」
俺は正直に白状した。会計の時に言うよりは今言ってしまった方が幾分ましだろう。
「それなら心配しなくても大丈夫よ。私カード持っているから」
「……だったら初めからそう言ってよ」
「そんなことしたらつまらないじゃないのよ。間宮くんが絶望に満ちていく表情は素敵だったわよ?ここ最近で一番楽しかったわ」
「……結局、僕は遊ばれていただけなんだね」
「そういうことよ。少しは学習しなさい、お馬鹿さん♡」
華恋さんはそう言うと俺にデコピンをした。
「ちょ、痛いじゃん!」
「あ、ごめんなさい。あまりにも間宮くんが可愛くてね」
その時の華恋さんの顔は今まで見たことないくらい満足した笑顔をしていた。こんなに可愛い笑顔が出来るのにどうして自殺なんて考えるのだろう。
俺にはまだまだ彼女の心理が理解できない。
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