第2話 クラブ決めと事故チューイベント!?
入学してから一週間が経った。
今の所授業は座学が中心で、世界の成り立ちや国の歴史などを学んでいる。
放課後になると各々クラブ活動に出かけるのだが、ルイはまだ自分がどこに所属するか決めかねていた。
この学園の生徒は必ずどこかのクラブに所属しなければならない。これは学園のルールの一つで、生徒に多角的な視野と経験を積ませることが目的らしい。
クラブの種類は多種多様で、歴史研究・剣術・乗馬などから、魔道具研究や魔法陣研究などファンタジー世界特有のクラブまで色々ある。
成績に影響が出ないのであればクラブを掛け持ちすることも可能だが、実際にはそんな強者はなかなか居ない。
一年の半数はもうクラブを決め始めていたが、ルイは未だコレといったものを見つけられずにいた。
「じゃあ僕は生徒会に行ってくるね」
「うん、頑張って」
残念そうに手を握って、渋々教室を出ていくシリルの背を見送る。
何にシンパシーを感じてくれているのか分からなかったが、出会って一週間、シリルとはすっかり仲のいい友達になってしまっていた。
朝起こしに来てくれるところから始まり、昼食、夕食、夜寝る前の雑談。
事あるごとにシリルはルイの部屋へやってくる。
同じ平民同士だから親近感を感じてくれているのだろうとルイは思っていたが、シリルが他のキャラクター達と仲良くしている様子がないのが少し気になっていた。
「まあ、恋愛イベントを見たいわけじゃないからいいんだけど・・・」
放課後も、生徒会に行くのに毎回ものすごく渋っている。ルイの記憶では最初の月で一番好感度が高いキャラクターと事故チューイベントが発生する筈なのだったが、今の所その気配もなかった。
「・・とりあえず、僕もクラブを決めなきゃ」
シリルと誰かの事故チューイベントを想像してルイは目を半眼にした。余計な思考をパタパタと手で払うと、持ってきていたクラブ一覧表を広げる。
曖昧な記憶を頼りに、ナニなイベントが起こりそうなクラブには全て赤で斜線が引いてあった。
「戦闘訓練系とか無理だしなぁ」
槍術・弓術・格闘術・・・
憧れはあるもののルイはあまり体格が良くない。栄養状態の良い貴族令息たちに比べて、しがない靴職人一家の食事で育ってきたルイの体は控えめに行っても貧弱だ。なんなら農家で畑仕事をしてきたというシリルよりも平べったい。
そんな貧弱な体でエリート集団の中に分け入っていく度胸はルイにはなかった。
そうなると選べるものは文系のクラブになる。古代語・エルフ語・魔法陣研究など充実していたが、せっかくならできるだけ地味で尚且つ実践ができるクラブに入りたかった。
「魔法研究部にしてみようかな」
クラブ概要を読むと『独自の魔法を研究する』となっている。どうやら自分のオリジナルの魔法を考えて実験するクラブらしい。クラブ一覧の一番最後に小さく書かれているだけなのを見ると(クラブ一覧は所属人数順に表記されていた)あまり人気がないのも魅力だ。
平和な日常の確約と、ついでに前世のゲームにあった魔法のあれこれを再現できるのだろうか?
そんな可能性を感じて、ルイは魔法研究部の主な活動場所だという第二図書室へと足を向けた。
「失礼します」
第二図書室は学園にある二つの図書室の中でもあまり人気の無い場所だった。
主に一般向けの本が置いてある第一図書室に比べて、第二図書室は捻くれた哲学書や著者不明の魔術書など、選書がマニア向けなのが理由だ。
放課後になると第二図書室には魔法系クラブの生徒が出入りするだけで、あとは比較的閑散としている。
ルイが図書室に入ると、本棚で入り組んだ室内はやはり人気が薄かった。
出入り口から正面に共有のスペースがあり大きな机が二台置かれている。右手には貸し出しのカウンター。あとは奥までずっと本棚が続き、それぞれの棚には番号が振ってあった。
手元のクラブ一覧表には、魔法研究部の活動場所は第二図書室と書いてあるだけで、それ以外の情報はない。
見渡してみてもそれらしい人物を見つける事が出来ずにルイが困っていると、ふとカウンターに座っていた上級生に声をかけられた。
「どうかした?」
「あ、魔法研究部は・・」
「ああ。それならまっすぐ行った先にもう一つ共有スペースがあるよ。そこでいつも活動してる」
「ありがとうございます」
ヒラヒラと手を振る上級生にお辞儀をしてルイは示された方へと足を進めた。
ルイよりも高い背丈の本棚をすり抜けて図書室の奥へと入っていく。
奥に行く程薄暗く埃っぽくなる中を歩いていくと、少し広いスペースへと出た。
本の状態を保つ為に第二図書室には窓が少ない。壁と本棚に囲まれた薄暗い小さな共有スペースで数人の生徒達が机を囲んで本を広げていた。
「あの・・」
「ん?」
黙々と本を読んでいる彼らに近づいて声をかける。ルイに気がついた生徒らに一斉に注目されて、ルイはちょっと肩を丸めた。
「何か?」
「あの、魔法研究クラブはここだって聞いて」
「ああ!もしかして入部希望?」
メガネをかけた青年が立ち上がってルイに寄ってくる。ルイが頷くと青年は嬉しそうに破顔した。
「うわー嬉しいな。地味なクラブだから中々人が来なくって」
「そうなんですか」
ルイにとっては何より嬉しい情報に内心よっしゃとガッツポーズを取る。
人が来ないならBLなイベントも起きないだろう、薄暗い地味な空間を見回してルイは自分の選択に確信を持った。
「あ、これ」
事前に書いておいた申込み用紙をルイが手渡すと、青年は一通り目を通して小さく頷いた。
「見学なくていいの?意欲的だね!あ、僕はこのクラブの部長のレスタ、三年生だよ。部員を紹介するね」
どうぞどうぞと促されてルイは椅子に腰をかける。
他の部員達もにこやかに出迎えてくれて、中々の歓迎ムードにルイは嬉しくなった。
「部の活動内容は知ってるんだよね?」
「一応は。オリジナルの魔法を研究するって書いてありましたけど」
「そうなんだよ!」
レスタ部長のメガネがきらりと光る。手にした申込み用紙を胸ポケットにしまうと、レスタはグイッと顔を寄せてきた。
「今現在主流として使われている魔法は昔の魔法使い達が系統化したものだっていうのは知ってるよね。でも本来魔法というものは自然のエネルギーと自分の魔力を掛け合わせて現象を起こすという、もっと自由なもの。だから魔法の原理さえ知っていれば現存の魔法ではなく、オリジナルの自分の魔法を作ることも不可能じゃ無い、っていうのが部の基本的考え方。活動内容としては、魔法理論の再考察と新たな可能性の追求・実験とかかな」
部長の目がキラキラと輝いている。力説する部長の言葉に机を囲んでいる他の部員達も大きく頷いていた。
「ロマンですね」
「分かってくれるかい」
かくいうルイも前世でゲームや漫画で見聞きした魔法を再現してみたいという期待がある。彼らの情熱には共感できるものがあって、ルイも大きく頷いた。
「まあ、とは言っても学生の内は自分の魔力をコントロールできるようになる事で精一杯だろうけどね。実際には基礎魔法訓練とか、あとは実験室を使って簡単な実験をしたりする事が主な活動内容になるよ」
「そうなんですか・・」
いきなりオリジナル魔法を実践するわけでは無いらしい。まあ確かに魔法の基礎も知らないうちからオリジナルもへったくれもないかもしれない。
期待していた活動内容と少し違うことにルイの意気が落ちると、部長は慌てて手を振った。
「あ、でも。国立の魔法研究部に就職できればすごい実験も出来るようになるし、そこに就職するにはクラブ活動の実績は有利に働くと思うよ!学園でも先生に許可さえ貰えればある程度の実験はさせてもらえるしね」
「そうなんですね」
ルイの顔がパッと明るくなる。ようやく魔法学校らしくなってきてルイは内心嬉しくなった。
そもそもどんな魔法なら創ることが出来るのだろう。
バイ○ルトとかピオ○ムとかの身体強化系は?
ルー○とかリレ○トとかの空間移動系は可能なのか?
悶々とルイが想像を膨らませていると、部長はホッと安心したような顔を見せた。
「戦闘訓練系に比べると研究クラブは地味だから中々興味持ってくれる人がいなくて。入部してくれるなら本当に嬉しいよ。歓迎する!」
「ありがとうございます」
「今年は特に入部希望者が居なくてさ・・実は君の他にはたった一人なんだ」
自分の他にも入部希望者が居たらしい事にルイは驚いた。クラブ活動の中でも一二を争う不人気クラブなのに、自分以外にも興味を持った生徒がいたらしい。
まあどちらにしてもルイと同じ地味な生徒なのだろう。ルイがキョロキョロと辺りを見渡すと、部長は図書室の更に奥を指差した。
「確か魔法研究者の父が居て、だから自分も魔法研究に興味があるんだって。奥で本を読んでいると思うよ」
「僕あいさつしてきます」
「分かった。せっかくだからどんな本があるか見てきたらいいよ。何か分からないことがあったら聞いてね」
優しく微笑む部長にルイは頷いた。
ちらっと見る限り部員達もルイと同じごく普通の学生ばかりで、間違ってもBLな展開なんて起こりそうにない。平和な雰囲気のクラブに、このクラブにして良かったなとルイは胸を撫で下ろした。
「奥に居るって言ってたけど・・・」
この調子で趣味の合う地味な友達を作りたい。
そして平和な学生生活を送りたい。
ルイは自分にもようやくツキが回ってきた気がして、ウキウキしながらもう一人の新入部員を探した。
「あ、あの子かな」
古い書物が並んだ棚の間、うず高く積まれた本の影に人影が見えた。
チラチラと見え隠れする白い髪にルイは近寄っていく。
「こんにち・・は?」
本の山に埋もれていた青年が顔を上げる。その顔にルイは頬を引き攣らせた。
「・・どうも」
白い髪、ルビーの様に赤い瞳、透き通った白い肌。
切長でクールな顔立ちのその青年は、明らかに他の生徒とは違う輝きを放っていた。
「顔面偏差値が、高い」
「・・?」
イケメンだった。一匹狼クール系。レンジャーものでいうなら絶対に青。
間違いない。この顔の整いっぷりはメインキャラクターの一人だ。
「油断した・・」
まさかこんな地味なクラブにメインキャラがいるとは・・・
思わずルイが呟くと目の前の白髪の青年は少し眉を寄せた。訝しげな顔をする青年を前にルイはどうしようかと考える。
今からでも入部を取り消してもらおうか。しかしなんて言って?
思考を巡らせるルイを前に青年は首を傾げて顔を覗き込んできた。
「おい、大丈夫か?」
「え、あ!?大丈夫、です」
青年に声をかけられてハッと顔を上げる。困惑している様子の青年に、ルイは曖昧な苦笑いを浮かべて見せた。
「あ、あの。君が魔法研究クラブのもう一人の一年生?」
「・・もう一人って事は、お前も?」
「うん。今日入部したルイって言います。よろしくお願いします」
「・・・エリックだ。よろしく」
ペコリとお辞儀をするルイにエリックは軽く目を伏せて応えた。
「・・・」
「・・・」
特に話題がなく、お互いに沈黙してしまいルイは慌てて話題を探した。
「えっと・・難しそうな本読んでるんだね」
「別に」
エリックの手には百科事典かと思ってしまうくらい分厚い本が開かれていた。
古い本なのか表紙は擦り切れ、角の部分が少し禿げている。
題名を覗き込んでみると『類次元的魔法理論』と書かれていて、一体彼が何を読んでいるのかルイにはさっぱり分からなかった。
「それ、面白い?」
「全然。この著者は考え方が捻くれてるし理論もザル。でも三百年以上前の理論だからこんなもんだろ」
「そ、そうなんだ」
面白く無いのになんで読んでいるんだろう。ルイだったらすぐに止めてしまう自信がある。
エリックは百科事典くらいの分厚さのその本をもうすでに半分ほど読み進めている様で、ルイにはそれが驚きだった。
「お前も本を読みに来たんじゃ無いのか?座れば?」
「僕は君にあいさつしに来たんだ。でもそうだね。何か読んでみようかな」
言われてルイは周囲の本棚に目を向けた。
見てみるとこの辺りは古い魔法書の置き場らしく、どれもこれも年代ものばかりだった。
「えー・・っと」
どれがいいかも分からずにルイは困惑する。
魔法には興味があるが別に本が好きというわけではないのだ。こちらを眺めているエリックの視線を感じながら、ルイはせめて一番薄そうな本を選んだ。
「これにしてみようかな」
「シャーロットの魔法序説か。その人の本は読みやすいし、いいんじゃないか」
軽く肩を竦めるとエリックは床に散らばっていた本を横にどかした。
座れという事なのだろう。本当は向こうの先輩達のところに行きたいのだが、断ることもできずにルイはエリックの隣に腰を下ろす。
座った瞬間にルイの肩がエリックに当たると、エリックが一瞬体を緊張させた。
「あ、ごめん。ぶつかった?」
「いや」
ぷいとそっぽをむくエリックにルイは首を傾げる。天井から魔法の灯りが照らす中で、ルイは本を広げた。
「字が小さい・・・」
薄いから読みやすいだろうと思っていたら、予想以上に字が小さくてルイは頬を引き攣らせた。
思わず読む前から面倒臭さを感じて小さくため息をつく。
隣を伺えば既にエリックは手元の本に視線を下ろしていて、黙々と読み進めている。
魔法の光が白髪に反射して、なるほどイケメンは本を読んでいるだけで画になるものだとルイは感心した。
ぼんやりとルイがエリックの横顔を眺めていると、エリックは不意にルイを見た。
「何だ?」
「えっ!・・あ、あの、エリックはご両親が研究者だって聞いたんだけど」
横顔を眺めていましたとも言えず、ルイは咄嗟にそう言う。
一度目を瞬いた後エリックは手元の本に視線を戻した。
「部長に聞いたのか?そうだ親父が研究者」
「すごいね。それでエリックもこのクラブに?」
「まあそんな所。家で親父の研究を見てたんだが、まあそれなりに面白かったから」
「そうなんだ。僕は平民出身だからまだ全然分からないんだけど・・でも面白そうだなって」
「そうか」
ルイもエリックに習って手元の本に視線を落とした。前書きの一行目から既によく分からない単語が出てきてクラクラする。
本を数ページめくってみると間からノートの切れ端が出てきて、誰かの走り書きメモの様だった。
「みんな勉強熱心ですごいね。エリックもそんな分厚い本よく読めるね」
「別に。ただの慣れだ」
「そうかな。僕も慣れれるかな」
なんてこと無い風に言うエリックにルイは苦笑いを返した。
それから今一度手元の本に視線を落とす。無言で本を読み進めるエリックが、時々ページを捲る音だけが聞こえてきて、ルイも意識を本へと向けた。
「い・・おい、起きろ」
「う・・・ん?」
声をかけられてルイの意識が浮上した。微睡んだ視界いっぱいに白い髪の青年が映っている。
「あれ?僕・・」
いつの間にか寝てしまっていたらしい、ルイが目を瞬くと目の前のエリックは手の掛かる弟を見るような目線でルイを見ていた。
「よく寝てたな」
「ん・・・」
ふあ、と無意識にあくびが溢れてルイは目を擦った。熟睡してしまったらしく、だいぶ体がスッキリしている。
少し意識がはっきりしてきた所で、ふと自分がエリックの肩に寄りかかっていた事にルイは気がついた。
「あ、ごめん!重かったでしょ」
「別に」
慌ててルイが体を離すとエリックは軽く肩をすくめた。
辺りを見渡すと寝てしまう前と特別変わった様子もなく、どのくらい時間が経っているのか分からない。ルイがエリックを見るとエリックは床に散らばった本を手繰り寄せている所だった。
「どの位寝てた?」
「小一時間くらい。そろそろ部活も終わりだろ」
「そっか」
結局本はろくに読むことが出来なかった。記憶があるのは最初の五ページくらいで、あとは覚えていない。
ルイは膝に上に開きっぱなしになっていた本を閉じると、元の場所に戻そうと立ち上がった。
「あっ」
長時間同じ体制で座っていたせいだろうか、不意にたちあがろうとしたせいかルイの足がもつれる。
体制を崩したルイが本棚に突っ込みそうになった瞬間に、横から伸びた手がルイの体を引っ張った。
「あぶねっ」
硬い衝撃を覚悟していた体が、暖かいエリックの腕に包まれる。
「大丈夫か」
「あ、ありがとう」
ルイが顔を上げるとエリックの顔が予想以上に近くにあって、驚いたエリックが目を見開くのが見えた。
「・・気をつけろよ。本ぶちまけたら面倒だろ」
「そうだよね。ごめん」
「怪我して無いなら別に」
腕から離れてルイが苦笑いをこぼす。ぷいとそっぽを向いてしまったエリックは、また本の片付け作業に戻っていった。
夜の十時過ぎ。
ルイはベッドの上をゴロゴロと行ったり来たりしていた。
夕方に図書館で一寝入りしてしまったせいか、目が冴えてしまって眠気が来ない。
前世のようにスマホやパソコンがないので暇を潰すものは無いし、既に寝巻きに着替えてリラックスモードなので勉強をする気も全くなかった。
「・・お腹すいたな」
夕食が済んでから数時間が経っている。普段ならそろそろ就寝時間なので気にならないが、目が冴えているせいか今日は空腹が気になる。
自室には手持ちの食料などはなく、夕食時に何かもらっておけばよかったとルイは後悔した。
「あー・・余計に目が覚めてきた」
空腹を訴える腹をさすりながらルイは寝返りを打った。せめてジュースやナッツでもあればいいのだが、今部屋にあるのは水だけだ。
無いとなると余計に食べたくなるのが人間のサガと言うもので、ルイの頭は食べ物のことでいっぱいになった。
「・・シリル何か持ってるかなー」
ちらりと隣の部屋の壁を見る。きっとこの時間ならまだ起きているだろう隣人を思い出して、しかしルイは首を横にふる。
「流石になぁ」
こんな時間に「食べ物ない?」と部屋に行くなんて食い意地が張っていると思われそうだし、何より主人公に自分から関わりに行くのも躊躇いがあった。
「何かイベント起きててもやだしなぁ」
18禁ゲームにとって夜は一番のゴールデンタイムだ。うっかりラブなイベントに遭遇してしまったら目も当てられない。
入学してから今の所、これといったイベントには遭遇していなかったが、そろそろ何か起こってもおかしくない。自分から危険区域に足を踏み入れるようなことはしたくなかった。
「・・・食堂行ってこようかな」
食べ物はないが食堂にはフリーのドリンクサーバーがある。育ち盛りの男子が通う学園で、いつでもハングリーな男どもの腹を満たすために学園の厚意で置いてあるものだ。
内容はアルコール無しの、フルーツジュースや野菜ジュースなど身体の成長に役立つラインナップのはずだ。
面倒臭さと空腹の間でルイはしばらく頭を悩ませたが、くぅと自分の腹が鳴ったのをタイミングにベッドから立ち上がった。
寮といっても、王族貴族が通うこの学園の寮はさながら高級ホテルのようだった。
広い廊下と磨き上げられた窓。今は真っ暗で見えないが、窓の外には森林公園かと思わせる広大な中庭がある。
廊下には魔法のライトがふんだんに使われていて足元までしっかり明るい。
時間が遅いせいか行き交う生徒たちの姿は見えず、廊下にはルイの足音だけが響いていた。
ルイ他一年生の寮室は一階、二年と三年は二階にある。
ルイは広い廊下を抜けると一階中央ホールを抜けた先の食堂へと足を進めた。
食堂のシャンデリアは灯が落とされ、間接照明だけがぼんやりとホールを照らしていた。
普段は大勢の生徒で賑わっている食堂も、人が居ないと空間が広いぶん静かさが際立つ。
一歩足を踏み入れると自分の足音が食堂全体に響き渡って、ルイは思わず息を殺した。
「お、お邪魔しまーす」
出入り自由な場所なのに、静かすぎるせいか何となく腰が低くなる。
厨房側のカウンターにフリードリンクセットを見つけてルイは足早に向かった。
曇り一つ無く磨かれているガラスのコップを手にして、飲み物のラインナップに目を向ける。
ラベルを確認して見ると、各種フルーツジュース・野菜ジュースの他にミルクやハーブティなども用意されていた。
「すごい。こんな所にまで魔法石が使われてる」
各種飲み物が入れられたサーバーにはそれぞれに魔法石が嵌め込まれていた。
青く輝くそれは冷却効果があるのだろう、サーバーの表面がうっすらと結露している。
この魔法石一つで平民の月収いくらぶんだろうか。
そんな高価なものが当たり前のように全てのサーバーに嵌め込まれている。
「すごいな・・あっちには暖かいものまであるんだ」
隣のテーブルには同じラインナップで、赤い魔法石がセットされたサーバーまであって、ルイは改めてここがセレブ学校である事を実感した。
ただ面白いのは飲みのものの中に紅茶やコーヒーが無いことだ。夜ふかし禁止という学園からのメッセージが伺えて、その辺はちょっと可愛らしい。
ルイはしばらく悩んだあと野菜ジュースをコップに注ぐと、そっと口をつけた。
ひんやりと冷えたジュースの喉越しと、野菜の甘さが胃を満たす。
ほんのちょっとだけ空腹が紛れた気がして息を吐くと、不意に後ろから抱きしめられてルイは悲鳴をあげた。
「不良みーっけ」
「うわっ!!」
突然頭上からずっしりと圧をかけられてルイが目を見開く。
何が起きたのか目を白黒させるルイの顔の横に、プラチナブロンドのイケメンが顔を出した。
「おいおい。驚きすぎ」
「・・チェスター・・さま」
そこに居たのはチェスターだった。メインキャラクターである双子王子の弟で、柔和な兄と違ってチャラい系のキャラクター。
風呂上がりなのだろうか、髪が少し湿っているチェスターは、ルイにくっついたまま手にしたコップをひょいと取り上げた。
「先輩、だろ。王子様なんてガラじゃないし」
「いや・・でも」
そうですねとも言えずにルイは言葉を濁す。一平民のルイが王族相手にそんな言葉遣いできる訳がない。
コップを取られた事にも文句を言えず、ルイが手のやり場に困っていると、チェスターは残っていた野菜ジュースを一口に飲み干した。
「あ・・」
「あー風呂上がりに沁みるー。で?何してんの?酒でも盗りにきた?」
「違いますよっ」
ペロリと唇を舐めながら悪戯っぽく笑うチェスターにルイが慌てる。チェスターは、あははと笑いながらルイの手を引いた。
「ジョーダンだって。でも丁度よかった、俺も目的は一緒だから」
「???」
「おいでー」
飲み干したグラスを適当に置いてチェスターはルイの手を掴んだまま歩き出した。
彼の意図が分からず引っ張られるままルイがついていくと、チェスターはそのまま厨房のドアを蹴り開けた。
「ちょっ!!」
「だいじょーぶだいじょーぶ」
何が大丈夫なのだろう。厨房のドアの鍵が歪んで部品が床の上を滑っていく。
肝が冷える思いで、しかし王族相手に抵抗する事もできずになされるがままルイがついていくと、チェスターは厨房内の大きな冷蔵庫前で足を止めた。
「知ってるか?実はこの中に王都五つ星レストランのアイスクリームが入ってる」
「そ、そうなんですか」
「食べたいよな?分かる分かる」
うんうんと頷きながらチェスターが冷蔵庫に手を掛ける。無遠慮に扉を開けたチェスターはバケツほどの大きさの白いアイスボックスを引っ張り出すと、にっこりといい笑顔をルイに向けた。
「ほらこれだー」
「いや・・ちょっ」
ルイが慌てて手を上げるとチェスターは問答無用でルイの腕の中にボックスを押し込んだ。それからもう一度冷蔵庫に腕を突っ込むと、
「分かってるって。バニラだけじゃ物足りないよな。ほーらチョコだ」
更にいい笑顔で茶色のボックスを取り出した。
それからずんずんと厨房の奥へ進み、引き出しからスープ用の大きなスプーンを取り出すと手近にあった椅子を引き寄せて腰を下ろした。
「ほら何やってんだ。早く来いよ」
「・・・えー」
手招きされるままにルイが近づくと、チェスターは既にアイスの蓋を開けて中のシートを剥がしていた。そしてまだまっさらな状態のチョコレートアイスにスプーンを突き込んでたっぷりと掬い上げる。
大きな口でパクリと頬ばると、チェスターは眉を寄せてこめかみを抑えた。
「くぅー!頭に響く。風呂上がりはこれだよな!」
な?と同意を求められてルイは生返事を返した。どうしたらいいのか分からずに箱を抱えたまま突っ立っている。
チェスターはもう一つ椅子を手繰り寄せると、困ったような顔で立ち尽くしているルイに座るように指示した。
「ほら」
「っぐ・・」
チョコレートアイスを掬い、チェスターがルイの口に無理矢理押し込む。口いっぱいに押し込まれたアイスにルイが苦しげに呻くと、チェスターは楽しげに笑みを浮かべた。
「うまいだろ」
「・・・まあ」
高級レストランのアイスクリームだ。美味しくない訳がない。
平民が食べる果汁を凍らせたアイスなんかよりよっぽど味が深くて甘さも段違いだ。
チョコレートも最高級品なのだろう、嫌味のない苦さとふんだんに使われた砂糖の甘さが脳を痺れさせるようだった。
「そっちも開けてみ」
「・・・」
こうなれば完全に同罪だ。
入学早々盗み食いだなんて、どんなお咎めが待っているだろう。
もし何か罪に問われる事になったら王子に無理矢理やらされたと言って何とか温情を乞おうと決めると、ルイはヤケクソでバニラの箱を開けた。
シートを剥がすとチョコとは違う真っ白なアイスが顔を覗かせる。純粋なミルクで作られているらしいアイスは厨房の間接照明の中でキラキラと輝いていた。
「ほら」
スプーンを渡されてルイがバニラを掬う。
一口、口に含むと甘すぎないミルクの香りが鼻を抜けた。
「うまい?」
「美味しいです」
背徳の味だ。ルイは内心でそう呟いた。
平民の分際でなんて恐ろしいと震えながら、しかし食べるアイスはバカみたいに美味しい。
夜中のカップラーメンといい、ダイエット中の焼肉といい、罪悪感に駆られながら食べるものって何でこんなに美味しいんだろうとルイが思っていると、隣に座っていたチェスターがぐいっと顔を突き出してきた。
「あ」
パカっと口を開けるチェスターを見てルイが眉を寄せる。
これは、まさか。食べさせろというのだろうか・・・
困惑するルイを無視して自分の口を指差すチェスターに、ルイはため息を吐いた。
「もう、何でもいいです」
バニラをこれでもかという程掬ってチェスターの口に捩じ込んでやる。チェスターが少し驚いた顔をしたので、ルイは良い気味だと笑った。
「・・・あー。うっまいなコレ。もう一口」
「・・・」
懲りた様子もなく、再度口を開けて顔を突き出すチェスターに、ルイは根負けして肩を落とした。
「あー、食ったなぁ」
「・・・どうするんですかコレ」
満足げに腹を摩るチェスターの隣で、我に返ったルイは頭を抱えていた。
ご機嫌なチェスターとヤケクソ気味のルイの二人で、結局半分程アイスを食べてしまった。
しかも器に出す事もせずに箱からの直食いだ。もう他の生徒に提供できる状態ではない。
今更ながらに顔を青くするルイに、しかしチェスターは気楽に笑った。
「大丈夫だって。黙ってりゃバレないって」
「そんな訳ないじゃないですか」
「えー?」
緊張感なくチェスターが鼻の下を掻いている。その様子に頭痛を覚えるとルイは抱えたアイスボックスに顔を埋めた。
「先輩はいいですよ、王子だし。でも僕は平民なんですよ。どんな罪に問われるか・・弁償とかになったら・・払えるかな」
優しい両親の顔が思い浮かんでルイは胃が痛くなる。
王子に無理矢理誘われたと言って許されるだろうか。
最悪退学?
万が一今までの入学費用を返済しろなんて言われたらどうしよう。
そんな思考にルイがキリキリと痛み出した胃を摩っていると、チェスターが困ったように頬を摘んだ。
「分かったって。俺が何とかしてやるから泣くなよ」
「・・・本当ですか」
「ほんとほんと。その代わり・・」
チェスターの指がルイの顎を掴む。ルイが何だろうと思うよりも早く顎を持ち上げると、チェスターはルイの唇にキスをした。
「・・・!?」
「これで同罪」
最後にペロリと唇を舐めてチェスターが顔を離す。
びっくりして固まってしまったルイの腕の中のアイスに蓋をしてやると、チェスターはルイの頭をポンポンと撫でた。
「それは持って帰って冷凍庫入れとけよー。残りは今度お前の部屋で食べるから」
言いながら使用済みのスプーンを流しに放り込む。チェスターはチョコレートアイスを片手に抱えると、気楽な足取りで厨房を出ていった。
「腹壊さないようにあったかくして寝ろよー」
後ろ手に手を振りながら去っていく足音を聞きながらルイは暫くの間その場で固まっていたし、その後どうやって部屋に帰ったのか全く覚えていなかった。
次の日、全く眠れずに悶々とした夜を過ごしたルイは、隣部屋のシリルがドアを叩いた事で目を覚ました。
寝不足で重怠い頭を抱えて、シリルに心配されながら食堂へ行くと、俄に食堂が騒がしくてゾッとする。
話題になっているのはやはり昨夜のアイス事件の事で、見れば厨房のドアはガムテープで補強がされていた。
犯人探しをしているのだろうかとルイが生きた心地せずに怯えていると、トレーいっぱいにパンを持ってきたシリルがきょとんと首を傾げた。
「なんか昨夜チェスター先輩が厨房に忍び込んだらしいよ」
「そ、そうなんだ」
思わず啜っていたリンゴジュースを吹き出しそうになって、ルイは何とか平静を装う。
「一人でアイス二箱食べたんだって」
「一人で・・?」
「うん。厨房のドア破壊して、五つ星レストランのアイスだったらしいよ。食べたかったなー」
「あはは・・」
自室にあります、とは口が裂けても言えずにルイは苦笑いをこぼす。
自分の事は話題になっていないのだろうかとルイがシリルを見やると、シリルは山盛りのサラダをペロリと平らげて大量のスクランブルエッグにケチャップをかけていた。
「しかもこれが初めてじゃないみたい。常習犯らしいよ」
「えっ!!そうなの!?」
「一年の頃からしょっちゅうみたい。昔は厨房に鍵なんてなかったけど、先輩のせいで付けるようになったんだって」
「そうなんだ・・・」
何となく力が抜けた気がしてルイは椅子の背もたれに体を預けた。
なるほど常習犯。どうりで手慣れている訳である。
話題になっているのはチェスターのことばかりでルイの名前は上がっていないようだ。ルイは少しホッとした。
「次からは鍵を二つに増やすって、厨房の人が言ってたよ」
「あはは」
困ったもんだよねと肩をすくめるシリルにルイは笑った。
ホッとした途端にお腹が空いてきて、取ってきたソーセージにフォークを刺す。
パクリと口に運んだ瞬間に、横から伸びてきた指に頬をつつかれてルイは目を瞬いた。
「おはよ、相棒」
「あれ。チェスター先輩」
「よっ今日も一緒に飯か?仲良しだなー」
突然現れたチェスターにシリルがきょとんとしている。
「・・・相棒?」
ヘラヘラと笑っているチェスターにルイが咽せながら顔を上げると、チェスターはニヤリと口角を上げた。
「一人で食うなって言ったろ?」
「・・・!?」
不意に顔を近づけてきたチェスターがルイにだけ聞こえる様に呟いた。
昨夜の事を思い出して思わず顔を赤くするルイを見て、シリルが眉を寄せた。
「ルイ?どうかしたの?」
「へっ!?いや、何でも、何でもないよっ」
慌ててルイが首を左右に振る。
訝しげな目でルイとチェスターを見るシリルを無視して、チェスターは気楽に手を払った。
「そうそう、何でもないよ。じゃあまたなー」
去り際にチェスターがルイの頬をツンとつつく。嫌そうにチェスターを見送るシリルを前に、ルイはどうしてこうなったのか分からずに頭を抱えた。
転生したらBLゲームだった上に、サポートキャラなのに攻略されている 星野るな @hosinoruna
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