転生したらBLゲームだった上に、サポートキャラなのに攻略されている

星野るな

第1話 転生したらBLゲームだった

異世界転生したらBLゲームの世界の上、サポートキャラの筈なのに何故か攻略されている #1




その事実に気がついたのは十歳の誕生日の事だった。

この国では、誰もが十歳になると自分の魔法適性を審査するために教会に行く決まりがある。

魔法の素養は誰しもがあるが、実際に魔法が使えるかどうかと魔力量はその人間の才能による。その為少しでも素質のある人間を取りこぼす事がないように、適性審査を受ける事は国民絶対の規則であった。

平凡な民間人であっても、たとえ身元の分からない孤児であっても、その規則は絶対だ。平民街でギリギリの暮らしをしていたルイもまた十歳の誕生日を迎えた日に両親に連れられて教会へと足を運んだ。

教会は国の中心にあり、ルイの家がある平民街からだと徒歩で半日以上かかる。

十歳の子供の足で歩くには中々の距離だったが、魔法が使えるようになることは平民の憧れであり、ルイはその日意気込んで教会へと向かった。

同じ年頃の少年少女に混じって順番を待ち、ルイの番が回ってきたのは夕方すぎ。

教会の神父様が見守る前で大きな水晶玉に手を翳したら、バチッと魔法の火花が水晶玉がら発生してルイは尻餅をついた。

光の色は水色で、つまりそれはルイに水属性の素質がある事を示していた。溢れ出た魔力でルイの体が弾き飛ばされたということは、最低限魔法士の素質があるという事であった。

「ーーっ!!!」

驚いて床に尻餅をついたルイは自分の手を見て目を瞬いた。

自分の息子に魔法士の素質がある事に喜ぶ両親を後ろに、しかしルイの顔色は真っ青だ。

「ま・・マジで!?」

おめでとうと拍手をする神父様と喜んで抱きしめに来る両親。そんな彼らの喜びに満ちた笑顔とは裏腹に、ルイの頭にはある情報が流れ込んでいた。

そう。それは・・・

「ここって・・・マジプリの世界ーっ!?!?!?」



マジカルプリンス〜魔法と恋と冒険と〜

それは前世で妹が取り憑かれたようにプレイしていたパソコンゲームである。

主人公のシリル(男)は世界でも珍しい光属性の持ち主で、十八歳になる歳の春に魔法学校に入学してくるのが始まり。

そこには国の双子王子・貴族の令息・魔術師の息子・騎士の息子などなど数多くのイケメンが居て、そのイケメン達と勉学に励んだり冒険したりそして恋愛するといったゲームだった。

そう。主人公が男で、そして出てくるキャラクターも男。

マジプリはいわゆるBLゲームというものだった。

妹が寝る間も惜しんでプレイしていたBLゲームを何故知っているかといえば、それは前世の我が家には、ルイの部屋と父親の部屋にしかパソコンがなかったからである。

妹も最初は自分のパソコンを持っていたが、ゲームのやりすぎか途中で故障してからルイのパソコンを使うようになり、最終的には開き直って堂々とルイの目の前でゲームをプレイしていた。

自分がどういう理由でこの世界にいるのかは全く覚えていない。

大方ブラック企業の過労働で意識を失ってそのまま、といったところなのだろう。

知らない内に転生し、そして魔力適性検査のあの日、水晶玉に手を触れた瞬間ルイの頭の中に前世の情報の全てが入ってきたのだった。

その日はあまりのショックにルイはそのまま気絶をし、気がついたら家のベッドに寝かされていた。

それから数日寝込み、熱が下がったルイはようやく少しだけ冷静に自体の把握に努める事にした。

「ルイ?もう大丈夫?」

「魔力検査が負担だったんだろうと神父様がおっしゃっていたぞ。もう少し休んでいなさい」

「・・ありがとう」

ベッドの上で寝ているルイを両親が心配そうに覗き込んでくる。

ここ数日(ショックのあまり)熱を出していたルイを付きっきりで看病してくれていた両親には、看病疲れの色が見え隠れしていた。

ルイもまた熱とショックのダブルパンチでかなり疲弊しており、目の下には隈ができている。

両親は水差しをサイドテーブルに置くとルイの頭を優しく撫でてくれた。

「何かあったらすぐに呼ぶのよ?母さんは一階にいるから」

「俺も仕事場にいるからな。無理はするなよ」

「うん。僕もう大丈夫だから、父さんも母さんもお仕事していいよ」

心配そうな顔をする両親にルイは苦笑いを返す。何度も振り返りながら部屋を出ていく彼らを見送った後、ルイはベッドの中で頭を抱えた。

「あーあーあー・・・どうしよう」

ルイがこれほどまでに悩むのには理由があった。

先ほども言った通り、このマジプリの世界の主人公はシリルという少年でありルイではない。

かと言って攻略される側のイケメン達でもなく、ルイはいわゆるお助けポジションのキャラクターだった。

主人公のシリルの友人で同級生。イケメン達の攻略情報を教えたり、好感度を教えたり、デートスポットを提供したりするいわゆるサポーターだ。

正直その点に関してはメインキャラクターでない分ありがたいと言えたが、そんなことよりも厄介な事が一つだけあった。

妹はマジカルプリンスをパソコンでプレイしていた。そして設定が学園に通う学生だというにも関わらずキャラクター達は十八歳・・・

そう。マジカルプリンスはいわゆる大人表現がある18禁ゲームなのだ!!!

ゲームではイベントが進むにつれて、寮であんな事をしたり教室でこんな事をしたり、冒険に出た洞窟であれやこれやをしたりしていた。

「あぁぁぁ・・僕は一体どうしたら」

画面いっぱいに広がっていた、やたら肌色が多いイラストを思い出してルイが頭を抱える。

サポートキャラという事は、少なからず彼らに関わる事になるわけで、そういう場面に遭遇したり、なんならちょっとしたスパイス的な「あれ?今物音がしたような???二人ともどこいったんだ?」みたいな事をする役割もある。

ルイ自身は前世からいたってノーマル指向の青年であったので、正直今すぐ逃げたい気持ちでいっぱいだった。

「僕に彼らの恋愛のサポートをしろって事?いやそれ以前に何か見ちゃったら・・・!?」

ありとあらゆるスチルを思い出してルイはベッドの上を転げ回る。

半べそをかきながら布団の中に潜り込むと、自分の体温で温まった布団の中で、ルイは頭痛がひどくなるのを感じた。

「絶対ムリだよ。今からでも入学を取り消したりできないかな・・・」

この世界で魔法士というのはかなりのカースト上位種族だ。魔法を自在に使える事ができる人間は少ない為、素質があれば例え平民でもエリート出世コースが確約されている。

しかしそれは、逆に素質があるにも関わらず魔法士になる事を拒否することはできないとも言える。

素質が判明した時の両親の嬉しそうな顔を思い出して、ルイは更に頭を抱えた。

「あー!どうしよう。あんなに嬉しそうな顔されたら嫌だなんて言えないよ・・・でも、でも!」

ルイの眠れない夜はさらに続き、いつの間にか目の下には深い隈ができていた。





あっという間に季節は流れ、ルイは十八歳になった。

優しい両親相手に学園に行きたくないとは言えず、特にこれといった対応策も無いままに入学式を迎えてしまった。

魔法学園は全寮の三年制だ。

魔法習得の為に勉強をしたり魔物退治のために冒険に出ることもある。ファンタジーゲームらしく、まさに危険と隣り合わせ、命の危険が伴う学園だった。

「いよいよ、か」

しかし、ルイにとってはそれとは全く違う意味での危険地帯である。

とにかく平穏に、できる事なら誰とも関わらないように、そしてナニも見ないように。

それを目標にルイは学園の門を潜った。

全寮制のこの学園はとにかく敷地が異様に広い。

正門から入って真っ直ぐ進んだ所に校舎があるのだが、魔法士はエリートだというだけあってそこへ続く道ですら豪華に整えられていた。

どこぞの貴族の屋敷だろうかと勘違いしてしまいそうな庭が広がり、左手には噴水が見える。

等間隔で立てらている灯はガス灯ではなく、全て高価な魔法ランタンだ。

専属の庭師がのんびりと剪定をしているのを横目に、たくさんの生徒達が行き交っている。

ルイと同じ学生服を身につけた生徒達は、やっぱり全て男であった。

「・・平凡に、平穏に」

周囲の生徒を見回して、ルイは改めて決意を強くした。

目下の彼の目標は「主人公には会わないこと」「地味に平和に卒業して無事に国立機関に就職すること」この二点である。

ゲームサポートキャラとしてはその役割を全て放棄するという大問題行動であるが、ルイはとにかく自分の身が惜しかった。

「主人公君は大丈夫。きっと、うん」

育て方にもよるが冒険ファンタジー要素が絡んでいるこのゲームの主人公は、その潜在能力は随一だ。属性も滅多にいない光属性持ちという、ある意味で最初からチートキャラである。

地味で平凡なサポートキャラなんていなくても、きっと自分でなんとかできるだろう。そう信じたい。

それよりも自分の心と人生の平穏だ。

「地味に、メインキャラとは関わらないように」

ルイは改めて力強く拳を握ると、そう自分に言い聞かせた。

「初めまして!僕シリルです。隣いいかな?」

ルイの希望が打ち砕かれたのはその僅か一時間後だった。

入学式が行われるという講堂で、ルイの隣に座ったのが主人公シリルだった。

ルイの記憶ではシリルと出会うのは教室の筈なのに、いきなりイレギュラーな事態発生でルイは内心焦りを感じた。

油断した。ゲームのシナリオ通りに進む訳じゃ無いのだろうか?

心の中で悲鳴を上げながら、ルイは極力平静を保ちつつ苦笑いを浮かべた。

「ど、どうぞ」

嬉しそうに座るシリルは、画面で見た主人公と全く同じだ。

蜂蜜色の髪、アイドルやってますと言われても納得の可愛らしい顔、他の生徒達に比べて若干背が低く、制服も彼のためにデザインされたんですという位に似合っている。

「なんか、いい匂いまでする」

「えっ?あ、さっきおやつ食べたからかな」

彼が座った途端に甘い香りまで漂ってきて、その上声まで可愛いときている。

彼だったら座っているだけで老若男女誰でも落とせるような気がする。サポートキャラなんて本当に必要ないんじゃ無いだろうかとルイは思った。

「名前聞いてもいいですか?」

「あ、僕はルイって言います」

前世の癖でルイは思わずお辞儀をする。シリルは一瞬キョトンとすると、嬉しそうに破顔した。

「ルイ君だね。なんだか君は他の貴族の人たちとは違うね。雰囲気?っていうか」

「あぁ・・僕平民出身だから」

誰にでも門は開かれているとはいえ、魔法の素質持ちは大方が血筋の良い人間だ。

王族、貴族、魔法士の血縁。九割がそれで残りの一割が一般人。

周囲の生徒のエリート然とした圧を感じる中で、確かにルイは平凡無害な雰囲気だった。

「そうなんだ。実は僕も田舎出身なんだ。ちょっと圧倒されてたから安心した」

「確かに。すごい人ばっかりだもんね」

ふうとため息をつくシリルにルイも同意する。田舎出身というだけあって、シリルもまた他の生徒とは違うとっつきやすさを持っている。もちろん主人公だから顔面がやたらに強いので全く同じとは言い難いが、それでも他の生徒達よりは安心感を覚えた。

主人公に出会ってしまったものの、とりあえず性格は良さそうだ。

ホッとため息をつくルイにシリルは嬉しそうに笑った。

「だよね。よかったークラスも同じだといいなぁ」

「あ、あはは」

不意に手を握ってくるシリルにちょっとビックリする。

BLゲームの主人公ってコミュ力高いなぁと思いながら、そうだねとも言えずにルイは曖昧な笑い声で返事を濁した。



初日の予定は午前中が入学式とクラスでの顔合わせ。午後は自分の寮の確認で、本格的な授業は明日からだった。

入学式では学園長の話から始まり、各教師の挨拶、式辞、それから生徒会会長の顔見せもあった。

ちなみにその生徒会会長はこの国の第一王位継承者、つまり本物の王子様な訳なのだが、挨拶で壇上に顔を見せた彼は顔面偏差値があまりにも高くてルイの目はやられた。

キラキラ輝いている人間は揃ってメインキャラクターだ。絶対近づかないようにしたい。

ゲームの攻略キャラクターの中に実は王子は二人いる。というのもこの国の王子は双子設定で、兄弟揃って学園に通っていた。

ルイやシリルより一年先輩で、兄が生徒会会長。弟は書記をしているはずだ。

まあ、どちらにしても地味なサポートキャラのルイには雲の上の様な人間なので、まず出会うことはないだろう。

こちらから近づかない限り王子二人は放っておいて大丈夫。ルイはとりあえずそう結論づけていた。

それよりも・・・

「よかったー。クラスも同じだね」

「そう、だね」

そうだろうなと予想はしていたが、やはりシリルと同じクラスであることの方が問題だった。

ゲームのストーリーがどのくらい作用しているのか分からないが、サポートキャラである以上やはり主人公とはお近づきになる運命らしい。

同じクラス。しかも席も隣。

ニコニコと満面の笑みを浮かべるシリルを余所に、ルイの心は重かった。

「とにかく地味に、平凡に・・」

呪文のようにブツブツと呟く。隣を見れば特に気にした様子もなく、嬉しそうに教科書を捲るシリルの姿があった。

「これが魔法の教科書かぁ。僕綺麗な本を見るのも初めてだ」

「・・確かに、僕もそうかも」

「魔法の勉強ってどうやるんだろうね?楽しみだね!」

「う、うん」

言われてルイは確かにと頷いた。ずっとBLゲームのことばかり考えていたが、そもそもここは魔法学校だ。

前世では空想でしか無かった魔法が実際に使える。思ってみればこんなにロマン溢れることはない。

「そっか、魔法・・使えるんだ」

今までずっと、いかに主人公達と関わらないかという事ばかりフォーカスして緊張していたが、現実に魔法が使えるという事実にルイは不意に楽しくなった。

「魔法かぁ」

子供の頃に一度は夢見た魔法。RPGゲームの主人公みたいに色々な魔法が使えるようになるのだろうか。そう考えるとワクワクする。

自分の掌を眺めてニコニコし出したルイに、シリルは優しい眼差しを向けた。

「ルイ、嬉しそうだね」

「あ、うん。やっぱり魔法って憧れてたから」

「あはは、かわいいね」

アイドルのように弾ける笑顔でシリルに頬をつつかれて、ルイは思わずドギマギする。

主人公ってこんなんだっけ?

そもそも恋愛ゲームをあまりした事がないからよく分からない。

ルイはシリルのスキンシップの多さに少し困惑しながら、でもここは自分の知っている常識とは違う世界だからなと、とりあえず自分を納得させた。

「よーしお前ら、席につけ」

ガラリと扉を開けて一人の男が教室に入ってきた。生徒達とは違う黒い教師用の制服を身にまとっている。

声をかけられて、あちこちに散らばっていたクラスの生徒達がわらわらと自席へと戻ると、全員が席に着いたのを確認して男は満足そうに口角を上げた。

「よしよし、今年は素直な連中が多いな。じゃあ先ずは自己紹介からだ。俺はジャック、お前らの担任の先生だ」

そう言って教師用の制服を着た男は茶色の髪をかきあげた。年齢は二十代後半くらい、高身長で深みのある腰に響く声。目鼻立ちのはっきりした、いわゆる「俺様系」の顔。顔面偏差値が異様に高い、つまりメインキャラクターの一人だった。

「担当は主に実技の方だ。それから寮もそれぞれの担任が管轄してるから、何か分からないことがあったら聞きにくるよーに」

シラバスチェックしとけよーと気だるそうにジャックが言う。

ルイがちらりとシリルを見ると、彼は特別気にした様子もなく手元のプリントを眺めていた。

ジャックの事はあまり興味がないのだろうか。ルイとしてはシリルが誰を攻略するのかが気にかかる。

相手が分かれば彼らの恋愛に巻き込まれるリスクを減らすことが出来るのだから、出来るだけ早く判断したかった。

「クラブ参加は必須だって。何にする?」

「え!?あ、ああ・・そうだね」

不意にこちらを見られてルイは慌てた。言われて手元のプリントを見てみると確かにクラブ参加必須と書かれている。

「色々見てから決めようかな」

「そうだね!」

攻略キャラクターが居ないクラブがいい。それだけを条件にルイはクラブ一覧表に目を落とした。




「ここが僕の部屋」

クラス説明会が終わり、自室へと案内されたルイはようやく一息ついた。

本人に自覚はなさそうだったがシリルはとにかく人目を集める。

見た目が輝いている上に、滅多に居ない光属性持ちと言うことで既に全校生徒の話題になっているらしく、どこを歩いていても他生徒の視線を感じた。

流石主人公なのかシリル自身は気にしている様子はなかったが、隣を歩くルイは貴族令息などエリート達の視線に緊張しっぱなしであった。

「ようやく一息つけそう・・」

ルイに当てがわれた部屋は白を基調とした豪奢な部屋だった。

貴族・王族ですらこの学園では寮生活を送るので相応の設になっているらしい、今までの平民暮らしからは想像もできない、それどころか前世の時だってお目にかかった事のない高級設備に、ルイは腰がひける思いだった。

置いてある家具はベッドや机、クローゼットなど最低限のものであったが、その全てが審美眼の無いルイから見ても一級品ばかり。

因みにこの部屋は一般生徒にあてがわれる部屋で、もっと高貴なお方達はさらに専用の部屋があるらしかった。恐ろしい。

「これ・・本物の金!?」

ベッドの装飾に本物の金が使われている事にルイが慄く。こんな所で寝られるだろうか、逆に寝不足になってしまいそうだと思いながら居心地悪く部屋を見渡していると、開けっぴろげていたドアの向こうから声がかけられた。

「やった!お隣さんだね」

「えっ!」

恐ろしい発言にルイが振り向くと、ドア越しにシリルが部屋を覗いている。

「嬉しいな。ねえ今度遊びに来てもいい?」

「う・・・・・・うん」

どうしてこんなに都合がいいんだろう。強制的に友人にさせられていくのを感じながら、ルイはシリルに苦笑いを返した。




荷解きをしている内に、時刻はあっという間に夕方を回った。

いい加減緊張も解れてそろそろお腹が空いてくる。

明日からの授業一覧を眺めていたルイは、くぅと鳴った腹を摩って資料をテーブルの上に置いた。

「ねえルイ。そろそろ夕食に行かない?」

数回のノックの後にシリルが顔を出した。タイムリーなお誘いにルイはちょっと考える。

出来るだけシリルとの交流は避けたいところなのだが、しかし他に知り合いもいない。

むやみやたらに彼を避けるのも人としてどうなのだろうと思い、ルイは頷いた。

「ちょうどお腹がすいたなって思ってた所なんだ」

「よかった」

ルイが椅子から立ち上がると、シリルが嬉しそうに駆け寄ってくる。何の気なしに手を握ってくるシリルに、引っ張られるようにして二人は部屋を出た。

「学食は無料っていうのがいいよね。生徒に貴族が多いから味も高級レストラン並みらしいよ」

「そうなんだ。そんなの食べた事ないや」

「ね!楽しみだよね」

ただの学食になんていう贅沢だろう。前世だったら考えられない高待遇である。

思い出してみれば、高級料理なんて前世を含めて何回食べた事があっただろうか。

もしかしてろくに無いかもしれない・・・

ふと自分の生活水準の低さに悲しくなりながら、ルイはシリルに手を引かれるままに廊下を進んだ。

「うわ・・すごい」

連れて行かれた学食は、そのネーミングとは程遠い高級レストランのホールのようだった。

天井には魔法の灯りが灯ったシャンデリア。生徒数が多いせいでビュッフェスタイルであるものの、何人もの給仕があちこちに待機している。

並んでいる料理も、ここは結婚式場だっただろうかと勘違いしてしまいそうな程、煌びやかで豪華なものばかり。サーモンのカルパッチョ、羊肉のロティ、各種デザートにシャンパンタワーまであった。

「・・ここはどこ?本当に学校?」

「すごいね。入学式だから今日は特に豪華らしいよ」

「・・・」

あまりの煌びやかさに目がチカチカする。慣れない輝きにルイが目をシパシパとさせていると、浮き足だったシリルがぐいっと手を引いた。

「何食べようか?どれも知らない食べ物ばっかりだ」

「う、うん」

あまりの豪華さに圧倒されているルイを引っ掴んでシリルはぐいぐいと進んでいく。一枚いくらなのだろう、ツルツルに磨かれたトレーを持ってビュッフェを回ると、一周回る間にシリルのトレーはあっという間に食糧の山になっていた。

「シリル・・そんなに食べれるの?」

「うん!僕、家が農家だから体が資本なんだよね。ていうかルイの方こそ、それだけなの?」

「あぁ・・ちょっと圧倒されちゃって」

山いっぱいに料理を盛ってきたシリルに対して、ルイのトレーには野菜のソテーと果物だけだ。

普通の学食をイメージしていたルイは食堂のあまりの豪華絢爛さに慄いて、料理を見ただけでもうお腹いっぱいの気分になってしまっていた。

肉なんて食べたら胃もたれしそうで、なんとか平民でも安心して食べられそうな物をピックアップしてきた結果がこれだ。

とてもじゃないが、シリルのように食事を楽しめるような精神状態ではなかった。

「そうなんだ。じゃあ僕のちょっと分けてあげるよ」

「ありがとう」

「席はどこにしようか」

この状況に全く臆する事ない様子のシリルは流石主人公である。あちこちをうろつく貴族達の姿にルイの方は居心地が悪くて仕方がない。

シリルと来てよかったと思いつつ、とにかく全てシリルに任せてルイは後ろについて行った。

「席空いててよかったね」

「うん」

窓際の席に向かい合わせになって座る。サラリとした手触りのクロスはシルクだろうか、その感触にルイはまた慄く。

豪華すぎて怖い。あまりにも慣れない環境に口に運ぶキャベツの味もせず、ルイは楽しげに話すシリルの声だけを聞いていた。

「それでね、僕の家は農家なんだけど牛も何頭か飼ってて・・・」

「そうなんだ」

「やあ、こんにちは」

ふと声をかけられてルイとシリルは食事の手を止めた。

テーブルの前に立っている男の姿にルイは目を見開く。

賑わっている食堂の、生徒達全員の視線がこちらを向いている。そこに立っていたのは、先ほどの入学式で挨拶をしていた生徒会会長のアレンとその弟のチェスターであった。

「せ、生徒会長・・」

「おや。覚えてもらっているなんて、光栄だね」

王室の血筋特有のプラチナブロンドがシャンデリアの光にキラキラと輝いている。

すらりと伸びた手足はモデルのようで、流石攻略キャラクターの中でもパッケージ中央に来る位のメインキャラだけあって輝きもひときわだ。

本物の王族。

ルイが緊張で固まる向かいでシリルは目をぱちくりとさせた。

「何か御用ですか?」

「うん。君がシリルだね?実は勧誘に来たんだ」

「勧誘?」

なんの勧誘だろう、とルイとシリルが首を傾げる。後ろに並んでいた弟のチェスターがヒョイっと顔を出した。

「そ!君、光属性持ちなんだってね?生徒会に入らない?っていうか入ってもらうよ」

双子の兄弟だけあってアレンとチェスターは全く同じ顔だ。しかし柔和な雰囲気のアレンに比べてチェスターの方は大分空気が軽い。シリルに顔を近づけて悪戯っぽく笑うチェスターは王子というより、近所のチャラい兄ちゃんと行った印象だった。

「・・・決まってるんですか?」

少しムッとしたような様子でシリルが言う。チェスターは気にした様子もなく、人差し指で頬を突いた。

「決まってる。王族と光属性持ちは生徒会に所属するって。まあ暗黙の了解みたいなもんだけどね」

「なぜ?」

一方的な話に納得いかないのだろう、シリルの眉間に皺がよる。

こんな雰囲気でこの人たちの間に恋愛感情が生まれるのだろうか。別に応援したいわけでもないのだが、ルイはなんとなく心配した。

「チェスター。説明が足りなくてすまないね。王族は身の安全保護から通例として生徒会に所属する事になっている。同じく光属性持ちは滅多に現れないからね。矢張り生徒会に所属してもらう事になっているんだよ」

魔法士の中でも光属性持ちはかなりレアだ。

破邪・回復など他の属性ではできない強力な力も持っている。その為、国としては絶対に囲い込んでおきたい人材であり、生徒会に入るのは決まっている事だった。

「断る事はできるんですか?」

「うーん。意志は尊重したいけれど君は田舎の平民出身だし、平民はその能力をかわれる形で学費が免除になっているわけだからね」

「拒否はできないって事ですね」

「すまないね。理解してもらえると助かるよ」

シリルがぶすっとした表情をすると、アレンは申し訳ないように笑う。

唇を尖らせたシリルは、少し考えた後に顔を上げた。

「わかりました・・・じゃあルイも一緒でもいいですか」

「えっ!?」

彼らのやりとりをぼんやりと眺めていたルイは、突然名前を挙げられて我に返った。

何を言い出すのかとシリルを見やると、彼はこちらを見てニコニコと微笑んでいる。

「ルイ?」

「はい。僕の大事な友達です!」

首を傾げるチェスターにシリルが笑顔でルイの腕を掴む。

今日会ったばかりなのにいつの間にそんなに昇進したんだろう。シリルにくっつかれた状態でルイは目を白黒させた。

「なるほど?」

「ちょっちょっと待ってください!僕は無理です!!」

アレンに顔を覗き込まれてルイは慌てて首を横に振った。

冗談ではない。

ただでさえ主人公と同じクラスなのに、これ以上メインキャラ達と関わりたくはない。

それにルイ自身はこれといった秀でた能力があるわけでもない、ごく普通の学生だ。

生徒会なんてカースト上位の連中がいるところに入るのは絶対にごめんだった。

「ぼ、僕は普通の地味な平民なんで。生徒会とか無理ですっ」

「僕と一緒はイヤ?」

「そういう問題じゃなくて・・」

悲しげな顔をするシリルにルイが困惑する。シリルがどんなにアイドルのような顔で目を潤ませても、生徒会室という名の密室なんて、ナニが起こるかも分からない場所に行くなんて断固拒否であった。

「私としてはどちらでも構わないが」

「うーん。でもやめといた方がいいんじゃない?一年で平民で生徒会ってなると、光属性持ちでもない限り他の生徒にいじめられちゃうかもよ」

意地悪っぽく笑うチェスターにルイの頬が引き攣る。

学生生活三年間。出だしからそんなリスクは負いたくない。

「絶対無理ですっ!」

ブンブンと首を左右に振るルイにシリルが悲しげな顔をする。

必死な様子のルイを見て楽しそうに笑うと、チェスターがルイの頭をぽんぽんと叩いた。

「まあ、成績いかんでは取り上げてあげるから。今後に期待ってことで」

「!!がんばろうね、ルイ!」

「・・・」

絶対目立たないようにしよう。

顔を輝かせるシリルを横目に、ルイはそう心に決めた。



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