お母さん、また寝てる……

@kumosennin710

第1話

「お母さん、また、寝てる」

母さんが、四人目の赤ちゃんを授かった。

ところが、祖父ちゃんの入院と重なったため、赤ちゃんを産んですぐから、一人で世話をした。その無理が祟って、とうとう、仕事を辞めてしまった。それからは、母さんは横になって、父さん一人で、炊事、洗濯、掃除をこなした。でも、父さんも仕事と両方で、疲れて来た。そんな時現れたスーパーマン。四人目の子ども。母さんの呼び方は、『チコリンちゃん』。本当の名前は、晃生(こうき)。でも、小さくて、細くて、髪の毛が軽くウエーブがかかり、くるりんと可愛い。だから母さんがつい、『小さい、晃ちゃん、くるリンちゃん』と呼んでいたら、いつの間にか、そう呼ぶようになった。でも、自分はれっきとした男。三歳でも立派な男子、のつもりだ。生まれるまで、女の子を望んでいた母さんとお姉ちゃんが、そんなに嫌でもない、と言うくらい、女子と言う雰囲気。でも男子だ。その証拠に、からかったりすると、十歳近く年の離れた兄ちゃんとも、取っ組み合いだ。とにかく、気合が入っている。決めたことは、責任をもって果たさないと、兄弟だろうが、祖父ちゃん、祖母ちゃんだろうが、父さんや母さんまで、口をとがらせて追及してくる。

母さんは、

“自分の小さい頃によく似ている”

と、苦笑いしていた。

休みの日には、その『チコリンちゃん』が、父さんの料理の手伝いをしてくれる。きつそうな母さんを喜ばせたかった。父さんと一緒に餃子の皮に、具を入れたり、ポテトサラダのジャガイモを混ぜたり、どんどん手伝ってくれた。得意は、いなり寿司だ。すし飯をアゲに入れる。小さい手で握って出来上がり。

とっても上手にできました。母さんは

「美味しい、上手だね」

 と、喜んで、嬉しそうに食べてくれた。

「大きくなったら、寿司屋になろうかな」

 と言っている。やっぱり母さんの喜ぶ顔は、『チコリンちゃん』は嬉しい。パワー全開だ。

次は何を作ってくれるかな。でも、ご飯を食べて母さんが横になっていると、気付かないように横に来て、添い寝をする。そして、母さんの指を握って、静かに遊んでいた。やっぱり母さんの横が良い。それでも、母さんが気付いて

「あ、『チコリンちゃん』。いたの」

 と言うと、ぱっと離れて。

「お母さん、肩を揉むから」

と、小さな手で揉んでくれた。

ある日曜日。いつものように、母さんが横になっていると、『チコリンちゃん』が、絵本を読んであげる、と言ってきた。母さんは、お願いした。たどたどしい読み聞かせだけど、ちゃんと読んでいる。きっと、兄ちゃんの音読の練習や、テレビのクイズ番組で、字や言葉を覚えてしまったのだろう。兄ちゃんの本を、読みたいと言うから漢字を教えると、そのまま覚えて読んでしまう。まだまだ三歳なのに、凄い。そして、それから毎日、『チコリンちゃん』が保育園から帰ると、読み聞かせ劇場が始まった。

「じゃ、いくよ。腹ペコアオムシ。腹ペコアオムシが、」

 途中まで来ると、あまりの上手さに、母さんが気持ちよくなって、つい寝てしまう。

 そしてハッと気が付いて目を覚ますと、決まって

「お・か・あ・さ・ん。また、寝てる」

 と、可愛い眉をしかめている。

「ごめん、ごめん、『チコリンちゃん』が、上手だから、つい」

 と言うと、

「もう、読んであげないからね。ちゃんと聞いてよ」

 と、注意する。

「はい、はい、分かりました」

 と言うと、

「『はい』、は一回でしょ」

 と、これまた、うるさい。

「はい。じゃ、お願いします」

 と、お願いしてやっと、お許しが出た。もう一度最初から読み始める。しかし、同じ所まで来ると、知らない間に寝てしまう。そして、ハッと気が付くと、また読むのをやめて、睨んでいる。

「ごめん、ごめん。『チコリンちゃん』があまりに上手だから、つい、眠くなっちゃって」

「ダメ。せっかく読んでるのに」

そして三回目。母さんは、また同じようにうっかり眠ってしまった。ハッとして気付いて起きた。すると『チコリンちゃん』は、母さんの腕を、自分の体に巻き付け、母さんの指を握ったまま、母さんの腕の中で眠っている。

「良かった。寝てくれたんだ」

 母さんは、目に涙を浮かべて、寝ている『チコリンちゃん』に詫びた。

「ごめんね。相手をしてあげたいんだけど。どうしてもきつくて。ごめんね、ごめんね」

 そして、そのまま眠った。しばらくすると、目が覚めた。『チコリンちゃん』は、さっきと同じように、横にいる。母さんが起きた事を感じると、

「疲れは取れたの」

母さんの腕の中で、母さんの方を向き直って、『チコリンちゃん』は尋ねた。

「ありがとう。おかげで少し楽になったわ」

 すると『チコリンちゃん』は、

「お母さん、今度から眠い時は、はっきり言ってよ。無理しなくて良いから。それと、謝らなくていいよ」

 照れ臭いのを隠すように、わざと口をとがらせて言った。

「『チコリンちゃん』。起きていたのね」

 それを聞いた母さんの目からは、涙が出ていた。そして、そのまま『チコリンちゃん』をギューッと抱きしめた。

「ちょ、ちょっと、お母さん、苦しい」

「嫌だ。『チコリンちゃん』大好きだから、離さないぞ」

 母さんは、そう言いながら『チコリンちゃん』のほっぺたに、自分のほっぺたをくっつけて、グルグルするのだった。

「やめてー」

 と、言いながら『チコリンちゃん』も、嬉しそうだった。

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