第5話
〈こ、これは!〉博の視界に入ってきたのは、百年以上前にあったという畑と言うものであった。〈足元は、もしかすると土か?〉そっとしゃがむと、おそるおそる手に取ってみた。ざらざらする。その時、
「誰だ、あんた?」
ふいに声をかけられた。驚いた博が腰を抜かして思わず尻もちをつくと、
「ああ、ダメだよ!さっき植えたばっかりなのに」
近づいてきたのは、教科書で見たことがある麦わら帽子と言うものををかぶって、腰に手ぬぐいと言う布を下げたおじさんだった。手に何かを持っているのは、確かクワと言う道具だ。博はその間、植えるという言語を、チップから必死に読み込んでいた。しかしデータにはなかった。
「これ何ですか?」
「キャベツ、ブロッコリー、白菜なんかだね」
そういう単語さえ、初めて聞く。栄養は、今や完全に固体、液体で吸収する。その元になる食料さえ、このおじさんのように、種を土に植えて育てるのではなく、タンパク質を造り出す細胞を育てておき、好きなたんぱく質のDNAを注入して育てている。かつてのように、水や日光栄養など不要で、栄養成分シャワーなるものがありそれを降りかけるだけでよかった。だから植えるなどと言う作業はとうの昔になくなり、当然死語であった。
野菜の名前など、聞いたこともなかった。人間が『かつて食べていた食料』として、名前を歴史で勉強したかもしれない。ただ、土を払った手が妙に温かく感じた。〈何だ?この不思議な感覚は……〉記憶のかなたに吸い込まれるような、ふわふわした気持ちのよさが感じられた。思わずもう一度、足元の土を触ってみた。明らかに、頭の中のどこかから呼び込まれるような感覚がある。同時に、気持ちが穏やかになっている自分に気が付いた。〈初めてなのに、初めて触った気がしない〉手に持った土をぼーっと見つめていると、
「どうかしたかい、土なんか見て」
おじさんが、優しい微笑みを向けていた。はっと我に返りおじさんを見た。
「ああ、なぜか知りませんがホッとするな……って」
するとおじさんは満面の笑みになって、
「人は土を触ると、心が温かくなるもんさ……。この先には、もっと気持ちの落ち着く場所があるよ。行ってみなさい」
と、自分の前方を指さした。少々不安を感じながらも、歩を進めた。そして歓声の挙がっているところに出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます