第十膳 後半 『はなむけの気持ちをキミに』

 特別なデザートとして用意した『箱プリン』はカラメルソースまで昔と変わらぬ安定の味だった。懐かしい味に誘われて昔話に花が咲いていた時。

「なぁ、オヤジ。

前から聞きたかったんだけどさ。」

子どもの頃と同じように真っ赤なチェリーを皿のはしに待避させプリンを半分ほど食べていた息子が、思い出したように言った。

「うちは中華料理屋なのに、なんで天ぷらのコースがあるんだ?」


 そう、うちは餃子がウリの中華料理店なんだが、昔から不思議なコースがある。

野菜の天ぷらのコースで、トラ

海鮮の天ぷらのコースで、テツ

メニューにも載っていて、ソコソコ人気なのだ。

中華料理店にしては珍しい店名と、中華料理店なのに天ぷらコースのある珍しい店としてグルメ番組や観光雑誌で紹介されたこともある。紹介された後1か月ほどは常連さんに迷惑がかかるほどの客の入りで、メディアってもんはすごいなぁと驚いたものだ。


 「さぁ、よく知らんのだが。私が子どもの頃からあったな。

なあ、祖父じいさん。」

「ああ。ワシが子どもん時にももうあったな。」

「え?そんな昔から?」

息子が驚いている。


 「そもそも中華料理は祖父さんが始めたんだよな?」

「ああ。前の店は道の拡張で立ち退きにあってな。転居のタイミングで三代目せんだいのオヤジから店を引き継いだんだが、そん時に洋食から中華に変えたんだ。」

「祖父ちゃん、なんで中華に変えたんだ?」

息子が身を乗り出して聞いてきた。

「ああ、まあな。バアサンがな。」

「うん。」

「バアサン、長崎の華僑の出だったんだが。一族に伝わるっていう餃子がな、やたら美味かったんだよ。」

「へぇ!マジか!華僑ってことは祖母ばあちゃん中国人だったのか?」

「さぁ、名字は『』だったが下の名前は秀子だったな。何世かにはなるのかもしれんな。」

「ふーん。うちの餃子は、由緒正しいすげえもんだったんだな。」

 

 うちは江戸の終わりの頃から代々料理屋をしている。初代は両国で和食の店をしていたらしい。その頃はまあ、普通に天ぷらもあったろう。

三代目つまり祖父じいさんの父親は太平洋戦争が始まってすぐ召集令状が来て、大陸へ行ってしまった。終戦後比較的早く帰って来られたのだが、焼け野原のふるさとを見て何を思っただろう。息子の留守中は還暦を過ぎていた二代目がバラックの闇市で細々と煮物を売って家族を養っていたと聞いている。

三代目はなかなか面白い人で、仕入れに行った先の横浜で初めて食べたハンバーグが美味しくてそのままその店に弟子入りしたという逸話を残している。

そして独り立ちする時に、両国の昔と同じ場所に洋食屋を立ち上げたのだ。

その時、なぜか天ぷらは残したってことか。


「その三代目がさぁ、惚れ込んだ洋食屋ってまだあるの?」

息子がスマホ片手に聞いてくる。

「さぁ、どうだかなぁ。

祖父さん、店の名前とか聞いてるか?」

祖父さんは白髪のくせに無駄に多い髪をかきながら、天井を眺めた。

「あー、なんだったかなぁ。白瓦斯亭だか、白イルカ亭だか、白煉瓦亭だか、そんな名前だったような気がするが。

店は白い壁で。えーと窓が縦長だったと言ってたような気がするな。ドアの所にランプだか何だかがついてたらしい。」


 息子と妻の久子がスマホで検索を始めた。

「今はいい時代だなぁ。なんでも手元で調べられる。」

祖父さんがぼやきながらプリンをゆっくり食べきった。

「すげぇ!まだあるみたいだ!白煉瓦亭。」 

息子がスマホの画面をこちらに向ける。 

そこには白い石壁に昔風な縦長の窓、入口の扉の上に古風な薄緑色のランプが付けられた落ち着いた佇まいの店が写っていた。

同じく検索していた久子が、

「大正12年の関東大震災で一度店を閉めたけど、昭和になってお孫さんがまた始められたって。昔ながらのハンバーグとタンシチューが人気らしいわ。」

「へぇ、そうかぁ。今度の旧正月の休みに皆で食べに行ってみるか。」

日頃は出不精な祖父さんが妙にやる気を見せた。

「ところでね!」 

突然久子が声を張り上げた。

「うちの遠い遠い親戚にもね、料理人いたから。なんか、タマコさんっていう人が昔横浜だか横須賀だかで、料理人してたらしいから。」

「母さん、なに張り合ってるんだよ。

しかも何?そのあやふやな情報。」

「陽子が古い祖母ちゃんから昔聞いたことがあるって。ほら、見てよ。ここに書いてある。」

久子が自分のスマホを息子の目の前に差し出す。 

「えー、もういいよ。タマコさんは。」

ひとしきり母親とたわいもないやり取りしていた息子が急にこちらを見て言った。


 「うちは面白いなぁ。食べて感動したから洋食屋にして、嫁が美味しいレシピを持ってきたから中華屋になったのか。」

「ああ、『料理屋だから食い物なら何を出してもいい、時代に合わなきゃメニューを変えてもいい』って言うのが代々の教えだからな。」

祖父さんが今思いついたように言ったが、これは本当だ。

「だからな。お前も好きな道に進めばいいんだ。」

息子はプリンの飾りの真っ赤なチェリーを指で摘まんで揺らしながらこちらを見上げた。

「うん。」


 お店でタイマーが鳴った。

「さあ!休憩はここまで。夜の部の戦いを始めるわよ!」

妻の声でみんな腰を上げた。

さて、じゃあコイツを外に出すかな。


 私は、藍染にYOSUKEと白抜きされた暖簾を手に取った。



*************


カンキダン

清浄歓喜団(せいじょうかんきだん)


奈良時代に伝わった唐菓子の一種。

「清め」の意味を持つ7種類のお香を練り込んだ「こし餡」を、米粉と小麦粉で作った生地で包み、八葉の蓮華を表す八つの結びで閉じて胡麻油で揚げたもの。

伝来当時は、栗、柿、あんず等の木の実を、かんぞう、あまづら等の薬草で味付けししていたが、徳川中期に小豆餡を用いるようになった。

(ほのかな仏壇の香りがクセになります)






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