第一膳 前半 『出会いとお茶漬け』





 まったくどうかしちまってる。

子どもとは言え見ず知らずの相手を長屋にまで連れてきちまったよ……。

ひと間しかない部屋へ子どもを上げ、アタシは土間で今さらながら頭を抱えていた。


これはもう、しょうがないと思うほかないじゃないか。

捨てられた犬とか猫を、ましてや弱った若い男を見なかったことにゃできないタチなんだからさ。

少なくともそういう真似は、アタシにゃできないし、できやしなかったのさ。 


見も知らずの子どもはさっきからずっとお腹を鳴らしている。

汚れた胸元を隠すようにうつむいたままだ。

前髪がまだあるのは、そういう年なのか、いくさ続きのこのご時世で元服できなかったのか。

数えで十六、七ほどかねぇ。たぶん、出来なかったんだろうね。


となれば、もう作ってやるしかないだろう?

今はもう違うけど、これでも元は料理屋をしていたんだから。

美味しいものを食べさせてやりたいという気持ちだけは、今も熾火のように残っている。

そいうわけで、それも含めて頭を抱えていたわけなのさ。

こんな遅くに隣に何かを借りに行くわけにもいかず、すぐ出来るものといえば。


「あんたさぁ、火鉢の火を熾しといておくれでないか。」

返事はないけれど薄暗い行灯の明かりの中、子どもが軽く頷いたのが分かった。

火箸で炭をつつく音が聞こえた。


「アタシはたみっていうんだ。ねぇ、あんたをなんて呼べばいい?」

子どもは下を向くばかり。

「名乗らなくていいけどさ、あんたじゃぁやりにくいよ。」 

「イチ。」

掠れた声で名乗ったけれど、どうせ本当の名なんかじゃあるまいさ。


“イチ”が起こした炭で残り物の魚の干物を炙ったらいい匂いがして、“イチ”のお腹がまた鳴った。

干物と入れ替わりに水を入れた鉄瓶を火鉢にかける。

「すまないね。もちぃと待ってておくれね。」

湯が沸くのを待って、お櫃から冷や飯を器によそう。

むしった干物を飯の乗せて、チンチンと音を立てて沸きはじめた湯をその上からかけた。


「まぁ、なんだその。ただのお茶漬けっていうかさ、湯漬けだけどさ、食べてみなよ、たぶんおいしいから。」


 お腹がグーと鳴る音が『いただきます』の代わりだった…… 




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