第六話「理由」

買い物袋を肩にかけながら嬉しそうに歩くあき。

あきを見ながら無邪気だなと思いながら歩く一平。

もう日も沈みかかり、夕焼けが眩しい。

自宅にはまっすぐ帰れば10分程だ。

一平が帰り道の途中で左側の道を指さしながらあきに言う。

「寄り道しよう。あきに見せたい場所があるんだ」

「おう!買い物も満足したし付き合うよ」一平の顔を見てあきが言う。

「少し歩くけどね。楽しみにしてね」

細い路地裏の道を抜けると沿道が上にあり階段が付いている。

沿道下は傾斜しながら芝生が一面に広がりその百メートル位先には川がある。

川が夕日に反射して眩しい。川は静かに流れている。

階段を登り傾斜した芝生に腰を降ろし三角座りになる一平。

寄り添う形であきも隣に座る。

「へーこんなに景色がキレイな所が家の近くに合ったんだ」あきが驚きながら言う。

「いい所だろ。僕が子供の頃に母さんと良く来たんだ。キャッチボールしたり追いかけっこした場所なんだ」芝生を左手で撫でながら一平が言う。

「ふーん。じゃあ一平が小さい頃に良く遊んだ場所だ」あきが夕日を見ながら言う。

「そう。母さんと喧嘩してプチ家出した時もここに来た」

「一平も家出なんかしたんだ。夜になって怖くてすぐ帰ったんじゃないの?」

からかう様に言うあき。

「へへ・・・夜になる前に母さん気づいて迎えにきたよ。小学生4年の時だったな。母さん全部お見通しって感じだった」

懐かしそうに空を見上げる一平。

「あのさ・・・言いたくなかったら言わなくてもいいけど・・・一平の両親は事故で亡くなったんだよね?一平が十五歳の時に」

あきは遠慮深く一平に聞く。

一平が思い出すとあきに語り始める。

「そう。僕がね、友達と約束があって僕だけ行かなかった家族旅行、父さんと母さん、

それに妹の三咲の三人で伊豆に車で行ったんだ二泊三日の。その日は帰りに雨が降っててね」

下の芝生に眼をやる一平。

尚も話続ける。

「僕は、家で一人待っていた。一向に帰って来なくて心配した。そしたら夜十時頃に警察から電話があってさ、土砂崩れで生き埋めになったって・・・。タクシーで慌てて現場に行ったら既に車は土砂から出ていた。救急車、パトカーもいて僕はただ無事を祈った。でも、願いは空しく父さん、母さん、妹は冷たくなってた。雨の降りしきる中で」

思い出したせいで涙を零す一平、空を見上げる。

「もうそれ以上話さなくていいよ一平・・・辛かったね」

一平の気持ちを察して受け止める様にあきは一平を後ろから優しく抱いた。

「あきには知っておいてほしかったんだ。あきは家族みたいな存在だから」

「私はロボットだから死なないし、一平の傍にずっと居てやるよ。だから安心しなよ、もう悲しい思いはさせないから」

一平の頭を撫でながらあきが言う。

夕日も沈みかけて辺りは暗く染まってきた。

「さっ!帰ろうぜ一平。晩御飯作らなきゃ」

そう言って立ち上がり帰路に向かう二人であった。


一月一日、元旦

ちゃぶ台が押し入れから引っ張り出してきたコタツに変わり新年を迎える二人。

外も本格的に寒くなり、ひと気がない。

「明けましておめでとうございます!」

二人で声を揃えて挨拶をした。

「正月といえば雑煮だよなぁ。一平も餅食べな。ほれ!」

そう言って雑煮を美味しそうに食べ始めるあき。

左手でゆっくりと食べる一平。

テレビを二人で観賞していた。

恒例のお笑い番組や時代劇がやっている。

あきはお笑いが好きらしく、食べながら大笑いしている。

一平はそんなあきを妹と重ねて見てしまう。

「一平観てよあいつ!鼻で風船膨らましてんの!」

テレビに指をさしながら爆笑してるあき。

こういう風景を見てるといつもながらロボットなのかと本気で疑う一平。

こんな呑気な正月は久しぶりだった。

落ち着くし、なんかいいなと思った。

そんな事を思っていると突然、携帯が鳴り響く。

あきの携帯電話だった。

あきが何気なしに電話に出る。

携帯の液晶を確認して相手を知ってから外に出て携帯に出るあき。

「はい。あきですけど。なんですか?」

しばらく話をしてあきが携帯を切り戻ってくる。

あきの携帯はめったに鳴らない。

気になった一平はあきに何気なく聞く。

「誰から?」

あきがテレビに目線を送ったまま一言。

「如月さん・・・別に大した話じゃないよ」

それ以上は何も語らずにテレビを見るあき。

「ふーん」何気なく返事をした一平。

数時間、二人でテレビを観てあきが唐突に一平に聞く。

「もしもさ、私がいなくなったらどうする?」

一平が意表を突かれた様に驚いて言う。

「何言ってるんだよ。困るに決まってるじゃん!冗談でもそんな事言うなよ」

「でもお淑やかですごい美人介護士かもよ」

苦笑いしながらあきが言う。

「いいかげんにしなよ。そう言う問題じゃないよ!」

怒りをあらわにしながら言葉を発する一平。

はっきり言ってあきの言葉に動揺した。

考えたくもない光景を一平の脳裏がよぎった。

「私も仕事で来てるからさー。交代もあり得る訳よ」そっけなくあきが言う。

「こないだと話が違うだろ!ずっと一緒に居るって言ったじゃないか!」

立ち上がってあきに怒りながらの一平。

こんなに本気で怒ったのは子供の時以来だ。

「何、怒ってるんだよ!私だって仕事でやってるんだから理解しなよそれ位!たかがロボットだよ私」

左手であきの頬を反射的に叩く一平。

初めて人を叩いた。

「たかがってなんだよ!ふざけるな!」

興奮状態で怒る一平。

あきが涙ぐみながらドアを開けて外へ颯爽と出て行く。

あきを叩いた感触が手に残りなんとも言えない切ない気分になる一平だった。


夜の十時になってもあきは帰って来なかった。

十五歳の時、家族を待っていた嫌な記憶が蘇る。

いつまでも帰って来なかった家族。

たまらず一平はあきを探しに出た。

どの位走ったか解らない。

ひたすらあきを探した。

もう大事な人を失うのは嫌だ!一平は心底思った。

直観的に一平が閃く。

そして無我夢中で走り出した。

もう深夜になっていてひと気が無く凍りつく様に寒い。

一平が息を切らしながら向かった先は沿道の芝生で一緒に話したあの場所だった。

頼むあの場所に居てくれ。

その気持ちだけだった。

息を切らして到着して辺りを見回す。

傾斜した芝生に三角座りでうずくまってる女の子が居る。

間違いなくあきだ。

一平があきに駆け寄る。

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」言葉の出ない一平。

顔を上げながら一平を見つめるあき。

涙ぐんでいるあき。

「ごめんね。酷いとは分かって言ってたんだ。一平、本当にごめん。でも理由は言えない」

元気の無い声であきが呟く。

「そんな事どうでもいいから帰ろう。僕も怒りすぎちゃってごめん。でもあきが居なくなるなんて信じられないし考えたくも無いよ」

あきがゆっくりと立ち上がり芝生を払う。

一平に近づく。無言で一平に抱きつくあき。

そしてあきは僕に軽く暖かいキスをしてくれた。

寒さを余所に、嬉しくも切ない初めての体験。

一瞬の出来事で時間が止まって感じられた。

ずっとこのままで居たかった。

唇を静かに外すとあきが白い息を吐きながら言う。

「私も同じ気持ちだよ。何があっても一平とは離れたくない」

「家に帰ろう・・・」一平があきの手を握りながら一言。

「うん・・・」あきが静かに頷く。

                              続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アンドロイドロボット 介護福祉士☆あき 卯月 遥 @uzuki_haruka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ