第四話「運命」

「もしもーし?篠田一平さんのお宅ですかぁ!」

聞いたことの無い女性の声!絶対キャッチセールスとかだろうな。

息を立てずに黙ってジッとする。

「おーい!開けんかい篠田一平!」

ドンドンと足でドアを蹴る音が鳴り響く。うわー!女ヤクザじゃん!ひぃぃぃ・・・フルネーム知られてるし、滞納金の取り立てだ!もうダメだ!

怯えながらドアに背を向けてしゃがみ込んだ。頼むからこのまま帰ってくれ!ひたすら心の中で拝むのみ。息をひそめて両目をつぶって時が過ぎるのを待つしかない。

しばらくして、突然ドアがガチャリと開く。

「なーんだ、開いてるじゃん!」

そうだ、鍵を閉め忘れていたんだった・・・。


 おそるおそる後ろを振り向くとそこには、身長160cm位で茶髪ショートヘアーの女の子が荒れ放題の汚い部屋を見渡している。

服装は上からTシャツ、ネックレスに皮ジャン、ダメージジーンズにスニーカーだ。

正直めっちゃ可愛い・・・いやいや!でも悪そうだと我に返る。

やっぱり新手の借金取り立てかなにかだろうか?突然、その女性が喋り始める。

「ワタシノナマエハ、アキ、オクニカラハケンサレテ、ヤッテキマシタ、ドウゾヨロシク」

へ?今なんて言った?ただ呆然としていた。

何を言っているのか解らない、この女の子。

「・・・ばか!冗談だよ。今、なんか2000年代のロボットみたいだったろ・・・アハハハ」

僕はふと、如月の言葉を思い出した。そうだ、アンドロイドロボットがどうのこうのって話があったような気がする。

「あのー・・・あなたが例の介護ロボットさん?僕じゃ買えないっていう」

「そーだよ!なんか文句あんの?」

あっけらかんと彼女が玄関で腕を組み、仁王立ちして喋る。

僕は思った、あのアンケートの意味のなさを。

あきが土足のまま部屋をやたらと物色する。色々と歩くので埃が舞い上がった。

「汚ったねぇ部屋だな、まず掃除だなぁこりゃ。明日ここらへん全部捨てるぞ。あ!エロ本発見!やらしいなあ、一平ちゃん」

「ばっばか、やめろよ!」

咄嗟にあきから左腕を使って、本を床に叩き落とした。恥ずかしすぎて顔がみるみるうちに熱く紅潮してくるのが自分でわかる。

「まー、エロ本くらいお年頃だから当たり前だよね、気にしないでいいよ全然!」

いや、気にするし!まだまだあるし・・・。

「よし!掃除は明日からマジでやる!」

げ、全部見つかるってことか・・・もう諦めるしか選択肢はないか・・・。

部屋の電気がパチンと消される。

「今日は夜遅いのでもう寝る!ちなみに布団が私で、一平が畳ね!」

「ほいじゃ、おやすみなさーい」

そう言ってカビだらけの布団の上に横になり、あきはすぐに寝息をたてた。

この状況ですぐに眠れる人って羨ましいよなぁ・・・目をつぶるとすぐに眠れるって人は本当に実在するんだな。

 しかし、これがアンドロイドロボット?普通の女の子にしか見えないが、それにしても、何て強引で勝手な女の子なんだろう。なんか展開が早すぎて頭の中がついていかない。とりあえず疲れたから寝るか。溜息をつきながら、この「アンドロイドロボット介護福祉士あき」の、眠っている横顔を見ながら畳の上に寝転んだ。


 夜中に目が覚めてトイレに行きたくなった。

それはそうだ、どこから見てもかわいい娘にしか見えない娘が横で寝ているのだ。

気になっておちおちと眠れる訳がない。

自慢ではないけど彼女いない歴24年だと心で呟く。無論、童貞だ。聞くまでもない。テレビゲームのキャラとしか恋愛した事ないし、そのキャラにもフラれた。

床の音がギシギシとなるが、そっとトイレに向かう。

トイレの扉を開けてゆっくりと閉める。

「はぁー・・・落ち着く・・・」

うな垂れてトイレの便座に座り、用をたす。

「・・・やば!」

ある事に気がついた。

そうだった。

僕の左腕は後方まで届かないから、お尻が拭けない。前方でドアを開けたり鍵を何とか開けられるまでが限界だ。

いつもは介護スタッフさんが補助してくれていたからすっかり忘れていた。必死に試みていると、突然、扉を開けられて頭上から声がした。

「あーもう!呼んでよね。何の為に私が来たのよ」あきが呆れた顔で見ている。

全身から冷汗が出てガチガチに身体が固まる。

「ひぃ!なんだ?」

恥ずかしさで顔が真っ赤になった。患者として病院で介護されているのとは気持ちが全然違う。自分の家で、会ったばかりのこんな可愛い女の子の前で、下半身丸出しの無様な格好を見られてしまうなんて。ウ〇コの匂いと共に自分も消えてしまいたくなった。

そんな僕を置いてけぼりにするかのように、あきが躊躇いもなく平然とトイレットペーパーを手にする。

「ほら、尻もうちょい上げろよ。全く・・・」

「う・・うん」

幼児のような返事。恥ずかしさでもう、どうにかなってしまいそうだ。お尻を拭く作業を手際よくこなすとあきは布団に戻って行った。

もはや、心臓の高鳴りが止まらない。

 弥生で女性に対する免疫が出来ていたと思ったけど、リハビリ室でのやり取りとは違う。あきに普通にウ〇コやらお尻を見られた事が恥ずかしい。

でも、困っている僕に気付いて目覚めて介護をしてくれた、あきの優しさが嬉しかった。


 汗ばむTシャツと畳の感触が背中に張り付いている。うっすらと目を開けた。そうだ、ここは病院じゃなくて自分の家なんだ。朝陽で蛍光灯の光も意味をなさないほど強い陽射が部屋に照り付けていた。味噌汁?のような匂いがすることに気が付く。

――――あきが、朝ご飯を作っているんだ!

「おらー起きろ一平!朝メシ作ったから、とっとと食べて働かんかーい!」

昨日のトイレの一件もあり、殆ど眠れずに睡眠不足でまだ身体がだるい。もう少し寝ていたい、と言いたいところだが断る雰囲気でもないので、のそのそと身体を起こした。

「おはよ・・・ございます」

眠い目をゴシゴシとこすりながら、ちゃぶ台をあきと囲む。

「いただきまーす!」

あきが、満面の笑みで手を合わせたので、僕も釣られて手を合わせて小さく、いただきますと呟いた。箸は使えないのでスプーンとフォークで、何とか少しずつ食事を口に運んだ。

あきがキラキラと目を輝かせながら、自信あり気に僕に訊いてきた。

「どうだ!最先端ロボットのメシは?美味くて涙が出るだろ?」

僕は手を止めて迷った。言ってはいけないと思いつつも、やはり限度ってものがある。視線を反らして小さい声で

「ま・まずい・・・」

あきが怒涛の如く怒りだし食べだす。

「えー!そんなわけないだろ!このあき様が作ったんだからっ!」

絶対にあり得ないという顔つきのあき。

「うそつけ、まずい訳が・・・なんじゃこの味!」

ウェッと口から食事を出し、ゴホゴホとむせるあき。

やれやれ、朝から大惨事だな、と思いつつも、そんなあきを苦笑いして見つめていた。本当にロボットなんだろうか?やっぱり、ごく普通の女の子にしか見えない。


 今日は、障害者雇用で雇ってくれることになった会社へ初出勤の日だ。

着替えをあきが手伝ってくれる。持ち物の忘れ物はなし、万全だ。

ドアを開けてアパートの階段を下りる。

あきがジャンプしながら玄関から大きく手を振り、

「最初が肝心だからな、なめられんなよー!」

なんだそりゃ、と呆れつつも軽く手を振って歩き始めた。まるで初登校の中学生扱いか?と思ったが、元気な笑顔が太陽のように眩しい。


 自宅の最寄り駅から電車で30分乗り、下車して徒歩5分くらいの場所に就業先はあった。4階建ての白いかなり大きな建物。製造業を中心としている会社と聞いているが、それ以外の業務については詳しくはまだわからない。

正門入口からすぐの所に受付が見える。

さすがに緊張するなぁ・・・と思いつつ、受付の女性に話しかけた。

「今日から働かせていただく、篠田一平と申します。採用担当の大森さんをお願いします」

と言いながら紹介状を手渡した。受付の女性は丁寧に封筒を受け取ると、朗らかな笑顔で

「大森でございますね、少々お待ちください」

と言って内線通話をした。それから数分後、細身の作業着を着た男が中央通路よりこちらに近づいて来る。

「君が篠田君だね、話は聞いているよ。すぐに仕事だから付いてきて。このエプロンと帽子をかぶって」

と、言いつつも、僕が自力でエプロンがつけられないと悟った大森。少しイラっとした表情をして、面倒くさそうに後ろの紐を適当に結んでくれた。

長い廊下を歩いて、無言で作業場に連れて行かれた。

緑色の床に広い敷地、仕事別に分かれた札がぶら下がり、社員の人達が慌ただしく仕事をしている。最新の機械が並ぶ工場だ、唖然として周りを眺める。前に勤めていた小林社長の材木工場とはスケールが段違いだ。圧倒的な設備や機械を眺めて一平をよそに大森が事務的に説明する。

「君の仕事は、この機械に部品をセットして足場のフットスイッチを踏む事。完了ランプが付いたら、部品を取り外して箱に入れる。それの繰り返し。解った?」

せっかちな口調で話す大森。

「は・・・はい」

緊張気味に頷くだけで、何の質問も出来なかった。

「腕1本と足が動けば出来る作業だ。じゃあ、後は任せたよ」

そう言うと大森は足早にその場を去って行った。

なんか冷たい人だな、小林社長とは大違いだと思った。小林社長の温かくて威勢のいい声が懐かしい。

 仕事内容は、なんとも単純でつまらない作業だ。これをずっとしなければいけないのは正直、とても苦痛だ。でもせっかく紹介してもらった就業先だから、贅沢は言っていられない。

そんな事を思いながら、慣れない手つきで淡々と作業をしていた。

 すると後ろから、おばさんのしゃがれた声がする。

「もっと早く手際よくやりなさいよ。まったく障害者支援制度だかなんだか知らないけど、あたし達からしてみれば迷惑なんだよね」

コンテナ箱を持ちながら嫌味ったらしくそう言った。初対面なのに、このおばさんはなんて失礼な人なんだろうか。

「すいません・・・。」

とりあえず謝る。謝るしかできないから謝る。

「ほら、体動かして仕事しな」

捨て台詞を放っておばさんはどこかへ行った。

やはり、障害者の人って大変だな。実際に自分がなってみると身に沁みる。自分だって好きで障害者になったわけではない。1年前までは同じ健常者だったのに。悔しさで胸がいっぱいになり、無表情で作業をこなし続けた。

 夕方となり就業終わりのベルが鳴る。初日なのでさすがに疲れてしまった。あのおばさんに、毎日あんな事言われるのかなと思うと、気が滅入ってしまった。帰り道の足取りはいつもより重く、自分の影が夕陽に浮かび上がって黒く、寂しく目に映った。


続く

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