第二話「病棟」
眼をゆっくりと開くと、見覚えのないLEDライトと天井。
どのくらい気を失っていただろうか?いや・・・そもそも生きてるのかさえよく解らない感覚。辛うじて首だけは動き、ぼんやりと辺りを見回す。
ベットに寝ていて点滴が、脚につながれている状態だ。脚?
左を見るとドアがあり、右側には小窓、薄い日差しが見える。全体的に白の造り。
ここは病院の個室だ。
寝たまま顎を降ろしながらの状態で自分を見てみる。
右腕がない・・・。左腕もギプスで固定され手の感覚が全くない。
そうだ、あの時僕は機械に巻き込まれて右腕を失ってしまったんだ。
呆然として頭の中が真っ白になり、途方に暮れてしまった。
何も考えられない。
そこへ突然ドアが開く、大柄な白衣を着た男性が寄ってくる。
「篠原一平くん、目覚めたんだね。私は外科医の木村といいます。事故から一週間、篠原さんは眠っていたのです」
木村先生は、ゆっくりと落ち着いた口調で淡々と話す。
「一平くん、工場で機械に巻き込まれた記憶はあるかな?」
僕はゆっくりと頷く。
「救急車で搬送先の病院がなかなか見つからなかったようで、片田舎のこの小さな病院に辿り着いた時には、既に数十時間が経過していたんだ。残念ながら、右腕はすでに壊死しており再建不可能、辛うじて左腕は再建出来たんだ。現在の医療技術でここまでとは本当に申し訳ない・・・この病院には2000年代の器具しかなく、最善を尽くした結果です」
椅子に座り日差しの差す窓を見ながら先生は話を続ける。
「一平君・・・この状況を不幸と思うか、助かったと思うかは君次第なんだ。聞くところによると、ご両親も交通事故で亡くし一人だそうだね」
「厳しい事や悲しい事がこれからも一平君に待ち受けていると思います。でも、一平君の命はここのスタッフが一丸となりやっと助けた命なんだ。どうか無駄にしないでほしい。まずは左腕と、心のリハビリから始めてみませんか」
そういって僕の顔を見つめると、ニコリと笑いながらドアを閉めて出て行った。
頭の整理がまだ何も出来ていなかった・・・仕事の事、お金の事、これからの人生・・・考えるだけで嫌になる。
どこまで人生ついてないんだろう。
僕は、何か天罰でも下る様な事をしただろうか?
神様はあまりにも無情だ。
僕はただ・・・ただ・・・泣いた。
時に大きな声を上げてひたすら泣いた。絶望感を味わいながら・・・いつの間にか涙も枯れて、疲れ果てて眠りについた。
翌朝の午前10時頃、ゆっくりと病室のドアが開く。小林社長だ。
「一平!生きてたかぁ!良かったよぉ!」
社長が泣きじゃくって近づいて来る。一平は社長に精一杯の笑顔で笑った。
「社長すいませんでした。こんな事態になってしまって」
小林社長は、泣きじゃくりながらこう言った。
「単刀直入で言うぞ・・・。一平!お前には長い事、世話になったし、よく働いてくれて感謝してる。一時期はお前を養子に貰おうとも思った・・・でもなぁ・・・」
ウチの会社が金銭的に苦しい事は僕にも痛いほどわかっていた。
いつも威勢の良い社長のこんな姿は見たことが無かった。もう、気持ちだけでも十分に有難かった。
「社長・・・解ってるよ、こんな体じゃもう働けないもんね。今まで本当にお世話になりました。気にしないでください」
小林社長がまた涙ぐんだ顔で下を向いて、何度も泣きながら謝っていた。
少し間をおいて、社長が落ち着いて語り始めた。
「俺もなんとかならねえかと思ってさぁ、〇〇市役所の福祉課に相談したんだよ」
「そしたらパソコン打っていた〇〇市役所の姉ちゃんがお前の生い立ちから、家族構成まで調べてくれたんだ。結果、一平は特別介護福祉適合者になれるんだと!良く解らんが凄い事らしい!詳しい話は解らないが、現代科学のロボットが介護に付いてくれるとかって言うんだよ。
説明をしてくれる〇〇市役所の人がもうすぐ来ると思う・・・。それじゃ一平、また見舞いに来るからな!がんばんだぞぉリハベリ!」
そう言って社長は病室を出て行った。
いつもの社長の笑顔が見れて良かった。ってか、リハベリじゃなくてリハビリだよって。少しだけ笑えた。
ところで・・・なんだ今の話は?
特別介護福祉適合者・・・現代科学のロボットが介護って?意味がさっぱり解らなかったな。
そんな事を考えていると休む間もなく病室のドアをノックする音がした。
「あ、ハイ。ど・・・どうぞ!開いてますよ」
ドアが小さな音を立てて開いた。
コツコツとハイヒールの音を鳴らしながら、女性が一平に近づいて来る。
身長170㎝はあろうかという長髪のすらっとした眼鏡の女性だ。
黒のスーツを着こなして、モデルの様な感じがする位、綺麗な人だ。
ただ目付きが鋭く、迫力があってとても怖かった。
その女性は、落ち着いた感じで一平に話しかける。
「私、国家特別機密福祉課に所属の如月さやかと申します。まずは、意識が回復できておめでとう。そして恵まれない環境下の君におめでとう」
そして名刺をベッドの横の机にすっと置く。
それにしても、恵まれない環境下って失礼だなぁ・・・いきなり何を言うのだろうこの人は。
尚も彼女は事務的に話す。
「簡単に言うと君の恵まれない環境によって宝くじ一億円が当選した様な感じかな」
なんか一々ポーズを決めてる彼女を、一平は不思議に思った。
「国からの援助で君専任の介護福祉士をつけてあげます。但し、介護無しでも君のできる仕事はしてもらいます。国民ですからね。介護福祉士はロボットです。それも最先端のアンドロイド型!君が100年働いても購入出来ないほどの!」
なんか嫌みな人だな、この人と一平は思う。
「は・・・ハイ」
気のない返事の一平だった。
僕の様子から察した、如月さやかが足早に語る。
「君!今、何言ってるんだろうこの人?大した事ない話だなーなぁんて思ったでしょ?」
声を裏返して一平が焦って弁解する。
「お・・思ってないですよ全然!すっげーロボットかー?ガ〇ダムみたいのかなぁ?」
無言で僕を睨みつける如月。
「・・・・・・・・・」
気を取り直して如月さやかが言葉を発する。
「まあ、いいわ!私も忙しい身だから、あなたに付き合っている時間はあまりないのよ。このアンケートに答えてちょうだい!この内容を元に君に合った最適の介護福祉士アンドロイドロボットが君んちに派遣されるから!」
そう言うと如月はアンケートを差し出す。
百万円の一束はあろうかというアンケート・・・僕は気が遠くなった。
なんでこの時代にアンケートなんだ?
如月さやかがアンケートを読み上げて一平に問いかける。
「あ!君、手が使えないのね。私が言うから答えてね!問1バナナより林檎のほうが好きだ!」
一平の拍子が抜ける...。
心理テストかこれは?
「あ・・・は、はい」
「問2どちらかというとお喋りだ!」
「いいえ・・・」
時代の最先端なのになぜアンケートはアナログ?
ある意味拷問だよなぁ、と一平は思った。
だが一平の祈りも空しく、くだらないアンケートが続いて行く。
そして3時間後・・・拷問アンケートが終わり疲れ果てる一平。
如月が一息ついて椅子に座る。
「ふう・・・やっと終わったわね。3時間か、お疲れさま。じゃあ、私は忙しいからもう帰るわね!」
「あ、そうそう!ロボットは自宅療養後に直接出向くからよろしくね!」
そう言い残すと如月はさっさと帰って行った。
「疲れたのはこっちの方だよもう!あー疲れた」
とベッドの上で呟いた。
如月は絶対ドSだな、と確信した。
ある晴れた日の朝。どこからともなく聴こえる小鳥のさえずりが心地よい。
僕の左腕のリハビリが開始した。
木村先生に案内されながら、リハビリ室へ足を運んだ。
部屋に入ると、2~3人の患者さんが様々な訓練をしていた。
歩行補助や、ボールを掴むといったリハビリだ。
室内を何となく見渡していると、先生がその背後にいる女性を僕に紹介してくれた。
スッと前に出る彼女。
「彼女が今日から篠原一平君のリハビリをメインで担当してくれる人だ」
「今日から一平君のリハビリテーションをお手伝いする理学療法士の佐藤弥生です、よろしくね」
しっかりして優しい口調で彼女は、そう挨拶をした。
続く
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