幕間2 夜見坂ユノのゲリラ配信

 パンドラシアオンラインの始まりの町、鉱山都市アルテマの中央広場で、夜見坂よみさかユノは焦燥に駆られていた。


 遅い。

 既にサービス開始から3時間が経過している。

 彼女の知る先輩であれば、とっくのとうにスタートダッシュを切っているはずだ。

 だが、現実問題として彼女は捜し人を見つけるに至っていない。


 相手が先輩なら、たとえ姿が変わっても見破れると思っていた。だが現実問題はこのていたらく。見逃したか、いまだにログインしていないかのどちらかしか考えられない。


 結局仕事は辞めなかったんだろうか。

 だとしたらログインするのは夜以降ということになる。


 当てが外れた。

 理想を言えば開始30分で発見してフィールドを一緒に探索するつもりだったのに、これでは待ちぼうけである。


 先んじてレベリングを済ませておき、先輩を介護プレイするというのはどうだろう。女性は唇に指を当て思案する。


「ありですね」


 思わず顔がほころんだ。

 なにせ1年ぶりに先輩と遊べるのだ。

 高揚せずにはいられない。


 それから、すぐに青ざめた。

 もし、もし万が一。

 自分が見逃していただけで、すでに先輩はログオンしていてあまつさえ1時間の配信ノルマを達成していたとしたらどうだろう。

 なんと3時間ものディスアドバンテージを被ったことになる。


「……無いとは思うけど、一応ね?」


 フィールドに向かう際中、ユノはメニュー画面を開いてある項目を選択した。


・こんゆのー

・ゲリラ配信嬉しい

・絶対してくれると思った!

・いま昼休み。アーカイブ残る?


「こんゆのー。アーカイブ残りますよ! お勉強かな? お仕事かな? がんばってくださいね!」


 配信である。

 間を置かずして、世界中から彼女のライブにアクセスが集中する。


 開始数分で視聴者数は5桁に乗った。

 速度は緩やかだが、今なお同時接続数は伸び続けている。

 そんな折。

 彼女はある人物にとって地獄のような情報を発信した。


「そういえばなんですけど、このゲーム、先輩がいるらしいんですよ」


・え

・マジ?



「卑怯者」


 チキンサラダはむはむしながら呪った。

 ぴろんと動画配信サイトから通知が入ったと思えばユノがゲリラ配信を開始してたからチラッと確認したらあいつ、視聴者に俺の情報流しやがった。

 貴様、そこまでして勝ちを得たいか……!


 とはいえまあ、ユノが躍進したのは俺が辞めてからの1年。俺を知る視聴者がどれだけいるか疑問だ。

 コメント欄も「先輩って誰?」とか「ゆののんの先輩気になる!」といった発言が多くみられる。

 俺の認知度なんてしょせんそんなもの。


 ただ、中には。


 ――"購入するか悩んでたけど購入します"

 ――"教えてくれてありがとう"


 見覚えのある人も、ちょくちょくいた。

 かつての俺の配信にも足を運んで、コメントを残してくれたこともあるはずだ。

 掃いて捨てるほどある娯楽の中から、わざわざ俺に関心を持ってくれた人だ。

 そういう人は、存外、記憶に残る。


 ありがたいと思う。

 感謝の意味でも、有難いの意味でも。

 だからこそ、思うのは。


「その声はどこに向いてるんだろうね」


 彼らは俺を前世の俺として――卒業前の俺だと思ってるんだろうけど、今は名前も姿も変えて別の配信者としての活動を再開している。

 そのことを知った時、彼らの感情はどこへ向かうのだろう。


 変わらず好意であり続けるのか。

 失望したと無関心に切り替わるのか。

 それとも。


「ああ、だから転生が嫌われるのか」


 もう二度と、声を届けられなくなってしまうから。

 自分が好きなものを軽薄に扱う人だから。

 好きは反転し、大嫌いになるんだろう。


 見つかるわけにはいかない理由が増えてしまった。


 だったらより強く、より強固な仮面を被ろう。

 誰も傷つかずに済むために。

 さあ。


 ――"お前は誰だ。お前は何者だ"


 わたしたちを始めよう。

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