4話 初配信

 オンラインゲーム開始直後は1分1秒が貴重なリソースの奪い合いだ。

 パーティを組むのが絶望的とわかった以上、人に声掛けしたところでぐずぐずと時間を無駄にするだけ。

 だからそろそろ始めよう。

 このファンタジー世界の配信を。


 呼気をひとつ。

 まぶたを閉じ、暗闇の世界に潜り込む。

 意識が深層世界に沈むたび、聞こえる音が遠のいていく。


 ――"お前は誰だ。お前は何者だ"


 これ以上潜れない、一番深いところまで意識が潜り込んだところで自分の心に問いかける。

 自我を映した自分の影が、ぺらりと剥離する。

 好きなもの、好きなこと、生きてきた道程。

 それらすべてを引っこ抜くと、後には空っぽの自分だけが残った。


 そこに、求める人物像テクスチャを貼り付けていく。


 ――"れは何者か"

『人を魅了する配信者ストリーマー

 ――"れは何を望む"

『楽しいの分かち合い、笑顔の時間』


 ぺたり、ぺたり。

 内情を暴けなくなるまで、原型すらわからないほどに、頑強で強固に自分という存在を塗り替える。

 趣味も嗜好も、心のありようさえ切り替えて――


 ――"汝は何者ぞ"

『……わたし・・・は、姫籬ひもろぎRenレン


 意識が浮上する。

 目を開いた先に、フィールドと町を隔てる大きな門がそびえている。

 瞳を閉じる前と何が変わったわけではない。

 それでも見える景色は異なっている。


 胸中に膨れ上がる高揚感を抱きながら、わたしはメニューから配信開始をタップした。


「よいしょ。うん。無事配信できましたねっ」


 視聴者はゼロかー。

 宣伝も伝手も何もないから仕方ないね。


・かわいい


 と思ったら、ぴょこんと視界の隅にメッセージウィンドウがぽんっと表示された。


「わっ、びっくりした! コメントってこういう感じで表示されるんですね! 来てくれてありがとう!」


・声入ってないよ


「えっ⁉ 嘘ミュートになってる⁉ なってた! あ、あーこれで大丈夫ですかね」


・声小さいかも


「えーと、これくらいで大丈夫ですかね? あの、その……普段はこんなぽんこつじゃないんです。初配信、初配信なので……やだやだぁ怒らないで」


・かわいい

・初見


 あ、人が増えた。


「わぁ! 配信枠来てくれてありがとう! 『初配信』なのでね! みんな古参名乗ってくれていいですよ! その代わり毎日来てね!」


・初配信めっちゃ強調するじゃん

・ファンネームあるならそっち名乗りたい


 ファンネームかぁ。

 決めてなかったんだね。

 昨日の今日でそうPON☆PONアイデアなんて思いつかないもん。

 名前を決めるので精いっぱいだったもん。


 でも、大事なことだよね。

 配信は結構内輪のコンテンツなところがあるし、来てくれた視聴者は積極的に囲っていきたい。

 そうすればもっともっと楽しいを一緒に共有できるはずだから。


「ファンネームはまだ決めてないんで、近いうちにタグとか決める配信取りたいと思うんですけどー、けどー? 今日はね! もうフィールドに出たくて仕方ないの! まだ町の外に出たことなくて、最初の一歩はみんなと一緒に踏み出したいなって思ったの! ねえもう出発していい? いいよね⁉」


・かわいい

・ちょっと待って。パンドラシアオンラインの配信者を推薦する掲示板で宣伝してきていい?


「え? そんなのあるの? うー、じゃあよろしくお願いして、外の世界はちょっと我慢します。うーん、5分くらい雑談しよっか。何から話そっか。話したいことがいっぱいあるんだよね」


・キャラエディット見せてほしい


「あははー、そう! 聞いて聞いて! わたしさ、事前情報何も調べずにキャラクリしたんだよね。それで天翼種リベルタ癒術師ヒーラーにしたんだけど、さっき会った人にゴミ構成って言われたの! 今に見てろよー? 絶対に見返してやるかんな!」


 キャラクター詳細はどうやって出すんだっけか。

 メニュー画面の……あった。これかな。


・……え

・草


 ぽちった。

 瞬間、コメントが凍り付いた。

 フルダイブMMOが成立するほどに通信技術が発展しているのだからタイムラグが無いのは当り前。

 でも、なんでコメントが凍り付くの?


・スキャンデータ無編集ってマ?

・つまりリアル美女?


「そっち⁉ そっちなんだ! そりゃそうだよ! だって少しでも早くみんなと遊びたかったもん! キャラクリに時間なんてかけてられないよ!」


 と、その時なんだよね。

 始まりは0で、しばらく2だったカウントがぞろぞろと増え始めたんだけど。

 2桁になってなおその数値は加速しながら増加して、あっという間に3桁に到達。

 数値とはすなわち、同時接続者数である。


 おお、3桁。

 宣伝もしない初配信でこんなに人が来るとは思わなかった。


・初見

・リアル美少女がゲーム配信してると聞いて

・スキャンデータ無編集でかわいいはずが……むわぁぁぁぁ目がぁぁぁ

・エッッッッッッ

・PONの匂いがする


「だれがPONですか!」


・PONって何?

・ぽんこつ

・草

・わかる、PONっぽい


「ねえもうやだぁ! みんながイジメるぅ」


・よしよし

・おじさんは味方だからね

・護りたいこの泣き顔

・名前なんて読むの?


「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。はい、それじゃあ行きますよー? はじめまして、姫籬ひもろぎRenレンです! おまえらー、初対面だぞ初対面。もっと優しくしろー?」


・ひもろぎ(なぜか変換できない)

・なんか引きこもってそうな名前

・神籬の当て字かな。もともとは神が宿る木って意味だから、姫籬は姫が宿る木ってところ?


「お、博識な視聴者さんがいますね! そう、神籬ひもろぎって、神様の依り代になる木のことなんですね。わたしは検索して知りました」


・へー賢いんやなと思ったら最後で草

・俺がRenちゃんの姫籬になるからね


「……へんたい」


・ありがとうございます!

・切り抜き決定!

・俺もののしられたい


 うちの配信には変態さんしかいないのか……!

 チャンネルの方向性としてどうなんだろう、それは。要検討かなぁ。


「人も集まってきましたし、それじゃあ最初の一歩を踏み出しましょうか! おまえら! 新世界へ飛び立つ覚悟はできてるかー!」


・出来てるよ……!

・準備は十分すぎるほどに整っている

・Renちゃんとの楽しい旅なら、俺はどこへでもついて行くぜ!


 満場一致。

 既にコメントの流れは結構早くなっていて、追いかけるのは結構大変なレベル。

 つまり、積極的にコメントをしてくれる視聴者が多いということ。


「それじゃあいくよー? せーのっ!」


 フィールドと町を隔てる大きな門をくぐり、一歩外へと足を踏み出した。


 そこに、広大な大地が広がっていた。


 眼前に広がるは緑豊かで緩やかな傾斜面。

 中央にぐねぐねと伸びる小道の先には小川や山岳が広がっている。

 路傍を見れば、すでに魔物と交戦しているプレイヤーがいる。


「おおおおおお! 見て! ねえ見て! すごいすごい‼」


 語彙もそりゃご臨終なさりますわ。

 ちらりとコメント欄に目を向けると「おおおおお!」とか「実写じゃん」とか、こっちもやはり語彙が死んでいる。


 そんな状況でも配信者はしゃべり続けなければいけないのだ。


「ねえみんな、あっちのいかにもって感じの切り株怪しくない? 気になる? 見たいよね? よし! みんなが言うなら仕方ないなぁ。そっち目指して歩こっか!」


 見晴らしのいい高台から見下ろすように視線を落とした傾斜の先に、大きな切り株の跡がある。イベントか、そうでなくても採取できるアイテムがありそう。


「これでわたし、実はヒーラーなので困ってるパーティさんがいたら辻ヒールかけていくのもありかもしれませんね」


 というわけで出発進行!

 はーい、そこの野良パーティさん。

 後ろを失礼しますねー。


「……?」


 なんか急に視界が赤くなったんだけど。

 え、なにこれ。

 その場で足を止めきょろきょろしていると、醜悪な顔と目が合った。ゴブリンだ。


 棍棒を持った緑色の肌の小鬼はわたしをみつけると、戦っているパーティを放り出してわき目も振らずに駆けだした。わたしに向かって。


「えええええええ⁉ なんで⁉」


 他のパーティと戦闘してたじゃん!

 なんで急にこっちにターゲットを切り替えたの⁉


・なんでこいつ急にターゲティング変えたの?

・わからん

・もしかして:魅力特化


「あっ、あっ、あっ、ごめんなさい! 魅力極振りしました! しらなかったんだもん! ヘイトが向きやすくなるって聞いたのさっきなんだもん!」


・PON

・「もん」かわいい

・CHA特化にしてもヘイト溜まりすぎじゃない?

・ヒント:天翼種はCHA2倍

・ヒント2:ゴブリンは魅力値高いやつがいると狂暴化する

・察し

・待って、他からも敵モブ連れてきてない?


「え? 嘘⁉ ちょ、おお、多い! トレイン! モンスタートレイン‼ 違うの! こんなことするつもりじゃなかったのぉ!」


 モンスターを連れまわすトレインは迷惑行為でしかない。他のプレイヤーからすれば経験値を取られるようなものだし、場合によっては巻き沿いを食らってデスすることもある。


・はい炎上

・よし燃やせ

・謝罪動画待ってます


 当然コメント欄は荒れた。


「たす、たすけ……」


 ゴブリン。穢される。嫌だ、怖い。

 走った。走った。どこまでも、どこまでも。

 スタミナ制ではないのが唯一の救いだった。

 このまま、どうにかゴブリンたちを振り切れるところまで――


「……あ」


 不意に、足場が消えた。

 否、虚空に足を踏み出していた。

 やみくもに進んだ結果、いつのまにか渓谷に来ていたようで、この体は重力に従って落下していく。


 これ、死――

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