5話 女王の片鱗
浮遊感はすぐさま牙をむいた。
落ちていく。その先に待つ結末は残酷だ。
数秒と待たずにこの体は大地に叩きつけられ、トマトのように潰れて弾けるだろう。
考えろ考えろ考えろ。
何か手は無いのか。
この窮地を脱する一手を模索し続ける。
なすべきことは簡明で率直だ。
落下ダメージを回避し、生き延びる。
ただそれだけでいい。
思考が加速するたび、時の流れが緩慢になっていく。考える時間だけが与えられる。だけど何度考えても、どれだけ知恵を絞っても結末はひとつだった。
わたしは死ぬ。ここで死ぬ。
あっけなく、なすすべなく、無意味に散る。
理解した瞬間、心が凪いだ。
不安も焦りも消え去った。
わたしが辿り着いたのは諦めの境地だった。
もどかしいほどゆったりと流れていた時間が、元の速度に立ち戻っていく。
――"本当に、それでいいの?"
声が、聞こえた。
聞き覚えの無い声だった。
――"教えてあげるわ"
ドクン。
鼓動が耳の奥に響く。
熱い、体が、燃えそうだ。
全身をめぐる血が沸騰する感覚がする。
――"空の、飛び方を"
重力がぐるりと輪転する。
いや、違う。
空に引っ張られる。
それも違う。
言葉にするなら、そう。
わたしが空を掴んでいる。
現状を正しく理解した。
そのことがわたしの混乱を加速させる。
いったい何が。
加速する思考の海の中で、わたしの両目はふわりと舞い散る純白の羽根を見つめていた。
ばさっ。
わたしの背中に生えた一対の翼が羽ばたいていた。
まだ違和感があり、ぎこちないけれど、最初から自分の身体器官として備わっていたかのように動かし方がわかる。
「た、助かっ、た?」
バクバクと心臓が音を立てている。
生きている、生きている。
何があったかはわからないけど今ここにわたしは生きている。
「まだ視界が赤いんだけど、もしかして」
ふと上を見上げた。
見上げたまま、わたしは言葉を失った。
黒い影が雨のようにこちらになだれ込んでくる。
「バカじゃないの⁉ あんたらバカじゃないの⁉」
黒い影の正体は、わたしを散々追い回していたゴブリンどもだった。
わたしにとどめを刺すためだけに落下ダメージを気にせず紐無しバンジージャンプを敢行するとかどんな神経してるの⁉
蛮勇にもほどがあるでしょ!
「ひぃやぁぁぁぁぁぁぁっ!」
体がきりもみ回転した。
翼のはためかせ方はわかったけれど、力の加わり方がイメージと食い違うのだ。
思った以上に、前方への推進力が強い。
進行方向を制御できない。
ぶつかる――!
――――――――――――――――――――
【Dodge Roll】
――――――――――――――――――――
しかし予測は裏切られた。
ゴブリンの攻撃が、わたしの体をすり抜ける。
加速していく世界の中、勝利の方程式が定まった。
「これだ!」
ローリングに無敵フレームが存在するゲームは多い。パンドラシアオンラインもその例に漏れないみたい。だったら、全員回避すれば済む話。
「Ready, steady――」
見上げた空にはゴブリンの影の雨。
群れる虫のごとく、視界を埋め尽くす醜悪な小鬼。
垂直落下するだけのオブジェクトが、わたしを捉えるには数が足りないんじゃない?
「GO‼」
駆ける、虚空を、自由自在に。
飛来するゴブリンを紙一重でドッジロール。
ダメージ無効のわずかな猶予で交差して、わたしは高みへと駆け上がる。
――いける。
避けて、潜り抜けて、すり抜けて。
そのたび動きが最適化されていく。
最初に次を確認する余裕が生まれた。
それすらも慣れると次はゴブリンたちの表情を観察する余裕すら生じ、今は一個一個の感情の揺れ動きすら手に取るようにわかる。
いまさら後悔しても、もう遅いけどね。
突き抜けた。
わたしの後を追いかけてきたゴブリンたちは、みなわたしの眼下に存在する。
この立ち位置がそのままわたしとあなたたちの上下関係だと知りなさい。
「ひざまづきなさい」
谷底でポリゴン片がプリズム光を散らしている。
より正確に言うなら、地面にたたきつけられたゴブリンから順番にポリゴン片に砕けていく。
――――――――――――――――――――
【Level UP;6】
――――――――――――――――――――
ステータスポイント50UP
スキル【旋回】獲得
【旋回】:ドッジロールの無敵時間微増。
取得条件:1分以内に20回ドッジロールでダメージを無効化するorドッジロールで1000回ダメージを無効化する。
スキル【
【
取得条件:跳躍から接地までの間に10体の魔物を討伐する。
スキル【
レアスキル【
【
取得条件:跳躍から接地までの間に100体の魔物を討伐する。
――――――――――――――――――――
「おお! みんな見て見て! なんかすごいスキル手に入れた!」
ファンファーレに祝われながら、わたしはVサインを天に掲げて勝利を喜んだのでした。
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