26.vs野盗



「来いよ、返り討ちにしてやる」



 ティゼルが剣を抜くと同時、野盗も槍を構えた。

 肌を突き刺すような感覚は影の魔女イドとの戦い以来だ。気を抜けない危険感という意味ではネアとの手合わせもそうだったが、あれは実戦ではないためカウントしない。


 戦闘に対する喜びか、それとも馬車を奪ったあとを想像しているのか、野盗の顔には隠しきれない笑みが見える。

 それはティゼルが舐められていることの証明だが、苛立ちはない。



(まずは、こいつの動きを……)



 槍に対して剣で挑むのはさすがに分が悪いと判断し、馬鹿正直に踏み込むのではなく、相手の間合いを確認する。

 ティゼルの動体視力をもってすれば、槍先が当たらないように避けるのは容易。

 一突き、一突きにたしかな殺意が込められている。避け損なえば大怪我――あるいは致命の一撃となり得るだろう。


 ただ、それは相手がネアやエイル並の実力者であった場合だ。



(右、右、左……フェイントからの――)



 野盗の回し蹴りを見切りつつ、距離を取る。相手の方も様子見なのか、間合いを詰める様子もない。

 自身の得意な間合いで戦うことを意識しているようだ。

 攻撃をしてこないティゼルの様子に警戒し始めたのか、野盗の顔に浮かんでいた笑みもなりを潜め、鋭い瞳をさらに吊り上げてこちらを睨んでいる。

 警戒している、ということはある程度こちらの実力を認めているということだ。



「お前、ただの貴族じゃねェな」

「そもそも貴族じゃないしな、俺」



 野盗相手に時間をかけ過ぎるのは良くないが、ティゼルにとってネアとの手合わせ以来、初めての実践。

 自身の実力がどれほどまで上がったのか確かめたくなる。一度視線を背後にある馬車の方へ移す。

 聖都までの護衛という依頼はなくなったが、アイアスからのお願いは未だ続いている、とティゼルはそう思っている。



(ミーシュを守ることを優先すべきだよな)



 実践で色々と試してみたいことはあったが、時間をかけていられないため、カタをつけようと息を整える。

 空気が切り替わったことを野盗も察したのだろう、その瞳に何か決意のようなものが揺らめいた。



「悪いな」



 先手を打ったのはティゼルだ。

 相手の間合いの内に、相手が気づかないほど素早く潜り込み、剣を喉元に当てる。

 認識すらできないほどの速度。瞬きすら許されないほど一瞬の間に距離を詰められていたことに気がつくと、野盗は降伏の意志を示すためか槍を手放した。

 カラン、という甲高い金属音と共に、悲鳴がティゼルの耳をつんざいた。

 悲鳴というよりも、子どもの泣き声に近いそれに驚く。



「や、やめ、やめて! お、お兄ちゃ、んを! 殺さないで!!」



 野盗の数は二人。

 当初は男の影に隠れていた小さな人影だった。武器も持たず、敵意のようなものも感じられなかったため無視していたが、深くフードを被った子どものような体躯の持ち主が短剣を震える両手で構え、泣き叫んでいた。



「……っ、ムルメリア」



 少年か、少女かはその外套のせいで定かではないが、幼い子どもは覚束おぼつかない足取りでこちらまで走ってくる。

 短剣こそ構えているが殺意はない。深々とフードを被っていてもわかるほどに泣きじゃくった様子だ。



「――降参だ。 煮るなり焼くなり好きにしろ」

「……いや、何もするつもりはなかったんだけど」



 敵意剥き出しだった野盗の瞳も鎮まり、ティゼルも剣を下ろした。

 野盗は勢いよく飛びついてきたもう一人に押し倒され、複雑そうな表情を浮かべながら半身を起こす。

 先程までの敵意はどこへ消えたのか、野盗は自らの負けをあっさりと認め、腰に指していた短剣も投げ捨て、頭を下げた。



「殺すなら俺だけだ。 コイツは俺に着いてきただけで何もしてねェ」

「い、いや、嫌だ! や、やめ、て! お兄、ちゃんを! 殺さないで!!」

「いやだから、殺すつもりはないって……」



 状況が混沌と化してきた。

 泣きじゃくる子どもと、首を差し出す野盗と、困惑するティゼル。

 三者三葉なこの場に変革をもたらしたのは第三者であった、全身を白色で埋め尽くされたかのような少女、ミーシュだった。



「何子どもを泣かせてるの」

「泣かせるつもりはなかったんだけど」

「……お兄ちゃんを殺したりなんかしないから落ち着いて? ほら、甘い物食べたくない?」



『殺さない』という言葉を聞き取ったのか、子どもは少し落ち着きを見せたが、今しがた起こっていた戦闘を覚えているため警戒心は剥き出しだ。

 だが、ミーシュの柔らかな雰囲気と、その幻想的な見た目、そして何よりその手にあったお菓子につられたのか、もう泣き叫ぶことはしなくなった。

 野盗の方も呆気に取られたようで、胸元に抱きついていた子どもを引き剥がすと、気まずそうに立ち上がり、ティゼルと視線を合わせた。



「…………」

「…………」



 しばし見つめあったあと、馬車を近くに停め、野盗と子ども、ティゼルとミーシュの四人は近くの小川で話をすることになった。



 ◆



「ティゼルとミーシュか」



 ティゼルとミーシュが軽く自己紹介を済ませると、「今度は俺たちか」と野盗の方も名乗る。



「俺はオグル。 で、こっちのちっこいのがムルメリア。 妹だ」



 切れ味の鋭いナイフのように尖った瞳を少しだけ柔らかくさせ、橙色の髪を持つ野盗――オグルはその影に座り込んだ外套の子どもを前に出すように背を押した。

 ムルメリア、と呼ばれた少女は顔を見られないようにフードを極限まで引っ張り、顔を隠しながら引きった声で何かを小さく呟いたあと、またオグルの背中に戻った。



「よろしく、だってさ」

「そう。 ムルメリアちゃん、よろしくね」



 ミーシュがそう言うと、オグルの背中から顔だけ出して勢いよく首を縦に振った。



「……兄妹、しかも貴族じゃねェのか。 悪いことをしたな」

「いやいいよ。 どちらにも被害はなかったんだし、見た限り訳ありっぽそうだし。 あと俺たちは――」



「兄妹ではない」と否定しようとしてティゼルの視界は上を向く。

 気配を感じることなく、突如背後に現れた見るからに不審な聖堂着の女、ネアによって口元を抑えられ、倒された。

 口元で人差し指を立て、静かにしてろと指示を出し、ティゼルの代わりにネアが口を挟む。



「私はこの子たちの保護者で――っと、そんなに警戒しなくてもいいじゃないか」



 急いで身体を起こすと、オグルは槍を構え、臨戦態勢を取っていた。

 その額には先程までは見られなかった汗が滲み出ており、気のせいか槍を持つ手も震えていた。

 慣れてしまったことで特に何も感じることはなくなったが、ネアの放つ気配は独特なものだ。

 絡み付き、肌にまとわりつくような嫌な気配。蜘蛛の巣に囚われた虫の気持ちを彷彿とさせるそんな気配を前に、警戒するなという方が難しい。


 聖堂着にしては短すぎるスカートをつまみ、侍女のような仕草で頭を下げるネアだが、オグルの警戒は解けていない。

 ネアに関してミーシュが何かを言うことは基本的にないので、ここはティゼルが割って入る。



「この人は怪しいけどたぶん無害だから大丈夫だ」

「酷いなぁ、私は君の師匠なのに」

「戦闘だけの、な。 それ以外はネアから学ぶところなんてない」

「酷い言い草」



 酷いも何も事実だろう、と言いたくなる気持ちを堪える。

 これ以上、オグルとムルメリアを前にネアとの口論を繰り広げても意味がない。が、今のやり取りでネアが害有る存在ではない、ということを理解してもらえただろう。


 槍を持ったままだが、少しだけ肩の力を抜いた様子でオグルは「おう」と小さく呟いた。



「すまねェ、つい……」

「仕方ないよ。 そういう反応には慣れてるし、それが普通。 ミーシュちゃんみたくいつまでも慣れなくても大丈夫だし、ティゼル君みたいに気軽に接してくれても大丈夫」

「あ、ああ。 俺は――」

「名前は大丈夫、見てたから知ってるよ。 私はネア、この白い兄妹の保護者みたいなモノ」

「だから――」



「兄妹ではない」とまた否定しようとしたが、ネアに口を塞がれる。

 耳元で、声を潜めたネアにその真意を伝えられ、ティゼルは静かに両手を上げた。


 ティゼルの正体――つまり、勇者の孫であるということを隠すための白髪だ。わざわざという目立つ色を選んだのは当初からで話を進めるため。

 そちらの方が説明するのも楽で、何よりネアにとって見ていて


 騒ぎや余計な面倒を避けるために青髪を染めるということには賛同するが、ネアの決めた通りに事が運んでいるようで気に食わない。

 せめて少しくらい選択権があっても、とは思う。



「それで、君たちは何で私たちの馬車を襲ったのかな」

「り、理由なんてねェよ。 単にフエーゴまてまの足と金目の物が欲しかっただけだ」



 聞き覚えのある街の名前にティゼルは視線を動かす。

 火の都フエーゴ。

 聖火と呼ばれる大昔から消えない炎を祀る都市であり、現在ティゼルたちが目的と定めている都市の名だ。



「へぇ、どうしてまたフエーゴに。 魔女の襲撃について、知らないわけじゃないでしょ」

「ああ、知ってる。 聖都が襲われ、聖女がいなくなったこともな」

「な、どうしてそれを知ってんだ!」

「知ってるも何も、元いた街に来やがった魔女が直々に言ってやがったぜ。 魔王が聖都を落とした、聖女は魔王が攫ったってな」

「魔女が……」



 やはり魔女の襲撃は各都市で起きていたと見れる。

 聖都に比較的近いルギス村だけでなく、オグルたちが前にいたという街にも現れていたようだ。

 魔女から無事に逃げているあたり、その街は故郷のように思い入れのある街ではないのだろう。野盗のような身なりからして、街を転々としている様子なので隙を見て逃げ出したと考えるのが自然か。



「俺は聖女を助けて恩を売りたいのさ」

「恩?」

「ああ、聖女に恩を売っとけば、どれだけ金がかかることでもタダでやってくれるだろうと思ってよ」



 そう言うと、オグルは自身の背中に隠れて身体を震わせていたムルメリアを見た。

 ネアの気配を感じ取っていないわけではないだろうに、泣き出していないムルメリアをミーシュのいる方へ押し出す。

 小さい悲鳴を上げ、何かを抗議するようにオグルを見たが、すぐにネアが見ていることに気がついたのか近くにいたミーシュの足元に隠れた。



「……私たち、馬車に戻ってるから」



 そう言うと、震えるムルメリアを抱え、ミーシュは馬車へと戻る。

 安心したように表情を少しだけ緩ませると、オグルは馬車の方には聞こえないように声を小さくする。



「……家族のためだ」

「――あぁ、そういうこと。 そうだね、ライラなら可能だろうね」



 ネアは何かを理解した様子だが、ティゼルはいまいちオグルの話を掴めない。が、どうやらこれ以上を話す気はないらしい。

 妙に得心した様子のネアがわざとらしく手を叩く。



「じゃあ、私たちと一緒に行こうか」

「……ありがたいが、いいのか? お前らだって目的なく動いてるわけじゃねェんだろ」

「それなら大丈夫だ。 俺たちもフエーゴを目指してるし、聖女様を探すっていう目的も一緒だ」



「……そうか、なら」とネアへはまだ警戒したままだったがティゼルからの提案ということでそれを飲み、オグルとムルメリアの二人が新たに馬車に加わることになった。

 ムルメリアとミーシュが怖がるから、という理由でネアは御者として外にいることが条件となったのは、ティゼルにとっても気を抜ける嬉しいものだと言えるだろう。


 こうしてティゼルたちは新しく二人を迎え入れ、火の都フエーゴへと再び馬車を走らせた。

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