25.旅は道連れ

 馬車で揺られながら、ティゼルはネアの理不尽さを改めて思い返していた。

 という意志を見せてしまったのが悪かったのか、ネアは予め用意していたような周到さでティゼルを馬車に運び、そのままアイアスやカイたちに何も告げずに村を飛び出した。

 せめて荷物くらい、と文句を言ったのだが、「大丈夫」というネアの一言と共に、ティゼルの剣を渡された。


 理不尽と言えば日頃から手合わせしているティゼルには、まずその戦闘能力が思い浮かぶが、何よりも言動に目を向けるべきだった。

 行動原理が謎すぎるネアだが、そのあたりのことを聞いても答えてはくれない。唯一答えてくれたのは「私が楽しめればそれでいい」ということだけだった。

 自分勝手なネアに辟易しながらも、逆らわずにこうして着いてきたのは聖女の救出という一点において、ネアに賛同したからだ。



「それで? どうして私も着いていかなくちゃならないの」

「俺にもわからん。 ネアのやることだから……」

「受け入れろって?」



 ティゼルの手当役としてあの場に来てしまったミーシュも同様に馬車へと連れてこられた。

 不機嫌な様子でその金色の瞳を不自然に上に向けたまま、ティゼルと目を合わすことなく会話を続ける。

 ことを自覚しながらも、ティゼルは触れられないならば、とあえてその話をすることはない。

 視界に入り込む違和感のある白色を手で弄りつつ、ため息を漏らす。



「受け入れろっていうか、それしかないんだよ。 ミーシュも理由は聞いてただろ?」

「『私が楽しむため』でしょ。 意味がわからない……っていうか、私あの人なんだか怖いの」

「旅は道連れって言うじゃないか。 ね、ティゼル君、ちゃん」



 御者を勤めていたはずの不気味な聖堂着の女、ネアがいつの間にかティゼルの隣に座っていた。

 ということは当然、馬を御している存在が居ないわけで、ティゼルは慌ててその様子を確認する。



「大丈夫だよ、アレは私のだからね」

「そういう問題じゃ……」



 ティゼルの視線の先にいる馬たちはまるでネアが居なくなったことに気づいていない様子で走り続けている。

 慌てることも、暴れることも、進行方向を見失うこともなく。

 それでも不安なことには変わらず、ティゼルに経験はなかったが、一応馬たちのそばにいようと身を乗り出したが、ミーシュに引っ張られ馬車の中に背中から倒れる。



「私を一人にするつもり? 無理、そうなるくらいなら飛び出して村に戻る」

「……それは危ないってば」

「ミーシュちゃんってば、本人を前にして言う?」

「っ、申し訳ないですけど、私はあなたを信用できませんので」

「ティゼル君は信用してるんだ」

「あなたよりは、ずっと」

「よかったね、ティゼル君」



 ネアとの信用度を比べられても何も嬉しくはない。

 痛む背中を叩きながら、今度はミーシュの隣に座る。やはりミーシュの視線はティゼルの頭上――髪に向けられている。



「……ティゼルに何をしたの」

「そんなに睨まないでよ。 ただ髪を染めただけ。 まぁ……私の魔力で、だけど」



 先程からずっとミーシュが見ていたのはティゼルの青い髪――ではなく、雪のように白くなっている髪だ。その瞳の色も相まって、自分自身を見ているようで、いい気がしない。

 ティゼルも自分の視界に入り込む白い髪に違和感があるのだろう、しきりに指先で髪を弄る仕草を見せている。



「ティゼル君の髪色は目立つ上に自分を勇者だと語ってしまっているでしょ?」

「まあな。 それでローブとか羽織らされてたし」

「これから行動するにあたって、ずっとローブ着てる訳にもいかないでしょ?」

「いや、だとしても白は目立つだろ」

「ミーシュちゃんと同じにすれば何かと便利だと思ったんだよ」



 ティゼルは瞳を細める。

 対照的にネアは口元しか見えない表情を緩め、満足そうにしていた。

 しばらくネアを見つめていたティゼルだったが、諦めたように息を漏らすと考えることをやめて外の景色に視線を移した。


 現在向かっているのは聖都の次に大きな都市である火の都――フエーゴ。

 火の都と呼ばれているのは単に、聖火と呼ばれる何百年もの間消えずに燃え続けている火を祀っているからだ。

 人口や街の規模も聖都に次ぐものを誇る巨大都市だが、どうしても過ぎるのは魔女たちの侵攻と、それによる破壊だ。


 大きな都市というだけあり、情報を集めるのには充分だろうが、そこが無事である保証はどこにもない。

 話に聞いた聖都同様、そこも魔王によって滅ぼされている可能性もある。そうでなくとも、魔女たちの襲撃も考えられる。



「何考えてるのさ」

「別に。 そのフエーゴって都市は無事なのかって」

「ああ、それなら無事だと思うよ。 襲撃に来た魔女がどの程度かにもよるけど、聖都ほどの被害はないはずだよ」

「なんでそう言えるんだよ。 聖都はもう見る影もないんだろ?」

「それは魔王が直々にやったからね。 フエーゴに魔王は行ってない」

「……なんか根拠があんのかよ」



 やけに距離が近いネアを引き剥がしつつ、話を聞くことにする。

「つれないなぁ」と口を尖らせつつも、どこか楽しそうな様子ではしゃいでいた。子どものようだとも思えるが、何を考えているのかわからない底知れなさがある。



「根拠は、あの聖騎士ちゃんが優秀だからだよ」

「……エイルがか?」

「そ」



 馬車の揺れに合わせて身体を左右に振る落ち着きのないネアは、黒い手袋を着けた手を合わせ、「すごいよね」とヤケに感情の乗った声で言う。

 その人間味が逆に不安にさせてくるのだが、口を挟むことはしない。こういうときは黙って先を促すに限る。



「彼女、魔女の襲撃を予測してたみたいだよ。 自分の管轄に怪しい動きをする者を集め、重要都市に聖騎士を配置し、聖都の住民の避難を急いでたみたいだし」

「そう、だったのか。 俺は全然そんなこと知らなかった……」

「ティゼル君には隠してたみたいだし、仕方ないよ」

「……それで、その各都市に配置したっていう聖騎士がフエーゴにも?」

「そういうこと」



 ティゼルがエイルと話を交わしたのは、ルギス村へ旅立つ日――ミーシュの護衛を頼まれた日だ。

 特に慌ただしくしているような様子はなかったように思えるが、見せないようにしていたのだろうか。

 ヤケにティゼルを聖都から離したいような様子だったのはそれが原因だったのだろうか。


 一人で思案していると、ミーシュが何かに気づいたように「ねぇ」と口にする。

 問いかけはネアに向けてのものだが、視線はこちらの方に向いていた。極力ネアを見ていたくない、というのがひしひしと伝わってくる。



「エイルさんはどうして魔女の襲撃に気づけたの」



 たしかにその通りだ、とティゼルもその理由を考えてみる。

 魔女の襲撃の予見など可能なのだろうか。

 実際、ルギス村にイドとユウという魔女が襲撃に来た際は前兆のようなものを感じなかった。

 夕焼けに染る空を見てようやくその気配を感じ取れた。

 何か役に立つ予兆などがあるのなら、と少し前のめりな姿勢になりながら、ネアの言葉を待つ。



「そこが彼女の優秀なところだよ。 怪しい動きをしている人間を管轄下におき、監視し続けた賜物だね」

「怪しい動きをするヤツらってなんなんだよ。 そんなヤツ、大聖堂で見かけたことなかったぞ」

「そりゃ、ティゼル君のそばには置いておけないでしょ」



「ちゃんと考えてよ」とティゼルを馬鹿にするように笑うネアに怒りを覚える。拳を振ったところで勝てるわけがないことを知っているため、どうにか落ち着きを取り戻す。



「悪魔信仰者……今だと魔王信仰者だっけ」



 ネアが一瞬、ミーシュの方を見たような気がした。

 無論、視線はベールの下に隠れていて見えるはずもないのだが、そんな気配を感じ取った。

 誘導されるようにティゼルも視線を動かすと、膝を抱いて丸くなったミーシュの姿がそこにあった。

 聞きたくない、とでも言うように顔を伏せているためその表情はわからなかったが、ティゼルはすぐにこの話を切り上げるようにネアへ告げた。



「ごめん、ミーシュ」

「……いいの。 ティゼルは悪くないでしょ」



 さすがのネアも空気を読んだのか、馬車の窓から身を乗り出して外の景色を眺めていた。

 白い肌がさらに白くなってしまったミーシュの身体が震えている。

 馬車に積まれていた毛布をミーシュにかけ、その隣に静かに腰掛ける。


 ミーシュの過去に関わっているであろう者たちこそが、今しがたネアが口にしたたちなのだろう。

 ミーシュがそばにいる関係上、それについて詳しく聞くことはしないが、その名前から受ける印象は最悪だ。



「なんか話題……」



 重たくなってしまった空気を変えようと、話題を探すがなかなか良さそうなものは見つからない。

 ルギス村に来てから、ミーシュと行動を共にすることが多く、必然的に共有するような話も少なくなる。既にお互いの間で共有されているものを改めて話すこともない。

 こういうとき、普段ならカイたちの乱入により、空気が変わるのだが、馬車の中にいるはずもなく、ただ気まずいだけの空気が充満していく。



「ティゼルは、さ……その、またお父さんに会いたいとか……ううん、なんでもない」



 話題を切り替えようと思ってのことではないだろう。消え入りそうなほど小さな声。

 聞き取れないわけではなかったが、どう答えるかを少し迷ってしまう。その沈黙がミーシュには痛すぎたのだろう、「ごめんなさい」と今にも泣き出してしまいそうなほど震えた声でそう言った。



「黙ってたのは怒ったからじゃない。 なんて答えようか迷ってただけ」

「……そう。 ありがとう」



 ミーシュにはティゼルが故郷で体験してきたことは一通り伝えてある。

 父親との確執も、その別れも。

 他者の触れられたくない箇所に触れてしまった、と怯えているのかいつも堂々とした態度のミーシュが小さな子どものように思えてしまう。



「会いたい……のかな。 わかんない。 謝りたい、とは思ってるけど」

「謝りたい……それは、私も」



 ミーシュの心の傷に触れないように、言葉を選ぶ。

 謝りたい人がいるのか。会いたい人がいるのか。

 きっとそれはまだ聞かない方がいいことだ。

 少なくとも、ミーシュの心が不安定な内は聞くべきではない。

 だからティゼルはただ静かにミーシュの横に座る。いつか、話してくれたときに寄りかかれるように。



「ね、ティゼル君。 しんみりしてるとこ、悪いんだけどさ、アレどうにかしてきてよ」



 今まで空気を読んで外の景色を眺めていたネアだったが、何かを見つけたようだった。

『アレ』と言って指をさしたのは大小二つの人影だった。

 咄嗟に魔女を想起したが、それが間違いであることはすぐに判明した。



「その馬車、ちょいとばかし俺にくれねェか」



 暗めの色と丈夫そうな革の生地でできた外套と、腰には短剣。その背には鉄製と思われる大きな槍が背負われていた。

 逆立つような橙色の髪と、獲物を狙う狩人のように鋭く尖った瞳。額の中央から左目にかけて入った切り傷が特徴的な男だ。

 その背後にいる人物は男の腰ほどの身長しかなく、深々とローブを羽織っているせいでその素顔はわからない。そこはかとなく親近感を覚えながらも、野盗の出現にティゼルは慌てることなく、馬車から飛び降りた。



「貴族様っつーのは見た目も派手じゃねェか」

「うるせぇ、お前も似たようなモンだろ」



 剣を抜き、構える。

 野盗如きに聖装を使うことはない。

 というより、この程度で使っているようでは影の魔女を倒すなど到底できない。



「来いよ、返り討ちにしてやる」

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