19.戦いが明けて
目覚めたとき、一番初めに感じたのは顔を歪めたくなるほどの自分自身への情けなさだった。
目を覚ましたティゼルはすぐにここがルギス村の病院なのだろうと気がつくと、もう一度布団の中へと潜った。
影の魔女――イドと名乗った不気味な腕を持つ男との戦闘は目覚めたばかりだというのに、鮮明に覚えていた。
(起きたばっかだからか)
初めこそ不意をつけたが、以降はイドによる一方的な展開が続いた。恵まれたティゼルの身体能力を持ってしても太刀打ちできないほどの強さをイドは持っていた。
もっと早くから聖装を使っていれば、聖剣を使っていれば状況は変わったのだろうか。その答えは否であると、ティゼル自身が一番理解していた。
聖装顕現後もティゼルとイドでは実力に差があった。仮に聖装を初めから使っていたとしても、それは単にティゼルが負けるのを早めるだけだったはずだ。
聖剣に関しても同じ。山羊頭の魔女を跡形もなく消滅させた一撃であっても、イドはまだ戦える素振りを見せていた。
(結果は変わらない。 単に、俺が弱いだけだった)
聖装や聖剣。人の領域外にある強大な力を持ってしても倒しきれないのは、一重にティゼルの地力不足が原因だ。祖母である聖女ライラが話していた聖装とはまるで違う。
右篭手しか顕現させることができないティゼルでは、この先何も守ることができない。
(守る……って、何をだよ。 俺、勇者じゃねぇぞ)
勇者の孫として、ライゼルの息子として、故郷の村を出るときに勇者の力をどう使うのかを自分で決めると誓いを立てた。
が、現状を見て、ティゼルは考える。
(『使う』なんて、よく言えたな。 これじゃあ振り回してるだけだ)
一方的に攻撃され、聖装と聖剣を使用しても倒しきれない。挙句、『運がいい』と敵に見逃され、力の反動で眠りにつく始末。
思えば、この力はティゼルの力と言えるのかも定かではない。ティゼルの身体に眠るモノであることに違いないが、その本質は恐らく女神の力だ。
そんな大それた、与えらたモノを『使う』ということがどういうことなのか、考えもしなかった。
当たり前のように思っていたが、そんな借り物の力を振り回し、『守る』などと――
「俺は、何様だよ」
塞ぎ込んでいたティゼルの視界が布団の中の暗い世界から急に変わる。温かさが抜け、身体の熱が奪われたことで、ティゼルはさらに身を縮めた。
視線を背後の方へと向けると、布団を両手で巻き取るように持った真っ白な少女が立っていた。
怒ったように金色の瞳を吊り上げ、巻き取った布団を後ろに思い切り投げ飛ばすと、ティゼルの耳元へ口を近づけ――
「起きたんならさっさと出てこい!! みんな心配してんの!!」
頭が痛むほどの声量でティゼルの脳を直接叩き起した。
声の振動で揺れているような気がする脳で半身を起こし、怒り気味のミーシュに対して姿勢を正す。
ミーシュは何も言わないティゼルに苛々とした態度で腕を組み、そばにあった椅子に腰かけると、足も同じように組んだ。
真っ白な縦編みのロングセーター。新雪のように白く、腰まで伸びた長い髪を高いところで一つに結び、背中までで留めている。
普段とは少し違うミーシュの服装。それ故か、不思議と目が奪われ――
(……ズボン、履いてるよな。 いや、そんなことを考えている状況じゃあ……)
ミーシュの肌と同じ色合いのタイツが伸びているのを目にすると同時、ティゼルは勢いよく頭を下げた。
足を折り畳み、ベッドが揺れるくらいの勢いで頭を下げる。これ以上、ミーシュを見ないようにするためと、謝罪のため。
「ごめん。 守れなかった」
「それこそ、『何様』よ」
「き、聞いてたのか」
「あなたはただ勇者様の孫なだけなの。 聖騎士でもなければ、勇者様でもない」
「……ごめん」
「それに、あなたが謝る必要はないの」
「い、いや、だって……ミーシュ、それは……」
頭を上げると嫌でも目に入るのはミーシュの頭に巻かれた包帯やガーゼ。ティゼルが助けに入った孤児院の先でも何かが起きたことの証だ。
ミーシュをあの場から救い出し、それで終わりだとそう思い込んでいた。
『向こうはユウの負けだ』
その言葉がミーシュの姿と結びつく。
戦っていたのだ。ティゼルがミーシュを逃がしたその先で。
であれば、あのとき教会へ逃がすのが最善としたティゼルの判断は誤りだったのだろうか。戦闘に巻き込みたくないとしたティゼルの判断は。
「なんか気にしてるみたいだけど、これは私の責任。 あなたのせいじゃないの」
「そう、言っても……」
「めんどくさい! 女々しい! いいの! カイたちも無事だし、怪我も大したことなかったし! それより――」
言葉を詰まらせているわけではない。ジッティゼルの瞳を見つめ、ミーシュは頬を緩める。
「――ありがと。 助けてくれて」
何かが大きく動いた気がした。
山羊頭との戦闘でロイロをはじめ、村人たちにはたくさん感謝された。けれど、あのときのティゼルは誰かを守ろうとして戦ったわけではない。
そんなことを考えられるほど余裕はなかった。
今回、エイルとアイアスから頼まれ、ミーシュを守ろうと自ら剣を取った。
そこの差だろうか。ミーシュの感謝の言葉が心に染みていく。
「な、なに泣いてるの」
「ぇ、あ、ご……ごめん」
「謝ってばかり。 謝らなくていいの」
自らの力を御せない未熟なティゼルが、初めて守ったモノ。
ミーシュは涙を流すティゼルの頭に手を当てると、「泣き虫ね」と優しく笑った。
病室の外、アイアスは静かにその場を立ち去る。
胸中に渦巻く不安はあったが、二人の邪魔をする気にはなれなかった。
「……エイル。 信じていますよ」
未だ連絡のない友人を思いながら、アイアスは村の復興作業の手伝いへと足を進めた。
◆
「……っと、ローブってどこにある?」
村では現在、復興作業が行われていることを聞き、ティゼルも手伝いに行くべく病院服から着替えている。
素顔のままで外に出るわけにもいかず、ローブを探すティゼルだが、ミーシュが呆れたようにこちらを見ていることに気がつく。
「そもそも、ここにいる時点で気づきなさいよ」
「気づくって、何を?」
「……みんなあなたのその髪、見てるの。 お医者さんも、ギジルさんも、みんな」
「――あっ」
「気づくの遅い」
「ってことは、ミーシュも……」
ミーシュもここで手当を受けたのだろう。ということは、ティゼルと同じくその目立つ容姿を見られていることになる。
「大丈夫なのか?」
「大丈夫……って言い切れればいいのだけど、まだ少し、ね」
「そりゃそうか。 ――てかさ、気にしないんだな」
「なにか気にすることあるの?」
「いや、普通気にすると思うんだけど。 俺、着替えてんだよ」
「そうね。 別に普通のことじゃない」
「俺は気にしてんだ! このままだと下着替えられないから部屋から出てろって!」
「嫌よ、めんどくさい。 そこにカーテンあるから嫌ならそれ使えばいいじゃないの」
「そうだけどさ……」
異性に着替えを見られるというのは思っていたよりも恥ずかしかった。過去に、エイルと宿を共にしているがそのときは特に恥ずかしさはなかったはずだ。
同年代というだけでここまで変わるものなのか、とカーテンを勢いよく締めながら思う。
「こういうのって、ミーシュ側が気にすると思うんだけど」
「そうなの? 別にいいじゃない。 減るもんじゃないし」
「……ミーシュの着替えも覗くぞ」
「嫌よ、恥ずかしい」
「気にしてんじゃん……」
「当たり前でしょ?」
ミーシュのペースに飲まれないよう、大きく息を吐き、着替え終わるとすぐに病室を後にする。
横を歩くミーシュとの会話は特になかったが、気まずくはない。
外に出るとすぐに聞き慣れた声が飛んでくる。どこからか聞きつけたのだろう、カイが勢いよくティゼルの腹部めがけ飛び込んだ。
カイに怪我がないように受け止めたが、勢いを殺しきれず後ろへと吹き飛ぶ。
両手で受け止めたため、カイに怪我はない。
「生きてるか!? テゼル!」
「死んでたらここにいねぇよ」
「よかった! 俺、テゼルがここに運ばれたとき、びっくりして……!」
「心配してくれてありがとな」
カイの頭を撫でてやると、ティゼルの胸に顔を埋めた。後ろの方ではネネカたちがカイと似たように心配しているのがわかった。
孤児院の子どもたちに強く印象に残るほどの大怪我だったのだろうか。それにしては身体が痛むこともない。
イドとの戦いを思い返せばたしかに全身に痛みがあったのを覚えている。特に、左腕の痛みは――
「――こら、病み上がりの人に飛びつかないの」
カイの襟元を掴み、無理やり立たせるとネネカたちがティゼルを囲う。みんな心配それぞれ心配していたようだった。
立ち上がり、平気であることをアピールすると、安心したのだろう子どもたちに笑顔が戻る。
皆と共に復興作業を手伝いに行こうと踏み出したとき、強めの力で袖を引っ張られる。どうしてか真剣な表情のミーシュだ。
金色の瞳で真っ直ぐこちらを――ティゼルの左腕を見つめている。
「怪我、なんともないの?」
「ん、ああ、大したことないな」
そんなはずはない。
と、ミーシュは言いかけて口を閉ざす。
ティゼルはあの戦いで負った怪我のことを覚えていないのか、自身の左腕になんの違和感も抱いていない。
病室で見ていたミーシュには、潰れたはずの左腕がこんなにも簡単に完治していることが理解できなかった。
(勇者様……女神様の力なの?)
御伽噺や口伝で残されている勇者の姿はいつも輝かしく、華やかな功績に塗れたものばかりだ。
その身を包む神秘を内包する女神の鎧。
その手に握られたこの世ならざる絶剣。
敗北の記録はなく、四肢を失ったという話もない。
そのため、勇者や女神の力に関して『治癒力が高まる』という話は聞いたことがなかった。
「どうした?」
「……いえ、なんでも」
考えてもわかるはずもない。
思考の梯子を取り外し、積み重なったものを崩す。
女神の力。
人の理解を超えた御業であると理解しよう。
そうでなければ、ソレはあまりに不気味な力なのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます