11.かくれんぼ



「てぜる! 今日も来たのか?」

「よー、テゼル! 早速オレが強くなったか見てくれ!」

「て、テゼルお兄ちゃんは何役してくれる、の?」



 教会での生活も早く、二日が経過した。

『ティゼル』というのはどうやら発音が難しいのか、孤児院の中でも幼い子たちには『てぜる』と呼ばれるようになっていた。

 それを面白がった年長組も真似をしてそう呼んでいる。


 本来であればこんなことをしている暇はないはずなのだが、ミーシュの護衛が必要な場面は今のところない。というより、ミーシュは基本的に孤児院にいないため外へ探しに行く必要があるのだが……



「毎日来るつもりだし、一日じゃ強くはならんわ、カイ。 ルゥも何役か聞く前からもう決めてあるよな、それ」



 服を引っ張る快活な印象の茶色く明るい髪の少年がカイ。その後ろでどこで入手したのかわからない首輪を手に、小首を傾げる灰色の髪を短くまとめた少女がルゥだ。

 ティゼルは蒼い髪を振り疲れたように息を吐く。

 教会のティゼルの部屋と、孤児院内ではローブを脱いでいても問題ないようになった。子どもたちには髪を染めているということで強引に通し、納得してもらったのだ。一部、年長組に通じているかはあやしいが。

 ある程度の自由な格好で移動できるというのはティゼルにとってもありがたい話だ。

 部屋に閉じこもりっぱなしというのも嫌だったのでこうして孤児院に足を運んでいる。


 子どもたちの見張り役というのと、あわよくばミーシュと話ができないかという狙いがあった。

 アイアスを含めた三人で話をした日以来、ミーシュとは顔を合わせていない。

 カイやルゥ曰く、ミーシュはよく森の中に一人で行っているらしいがどこまで行っているのかは知らないとのことだ。

 ミーシュを探さなければ、と思ってはいるがこの二日間、ずるずると孤児院の子どもたちに足を止められ続けている。

 強引に引き剥がすこともできるが、それで泣かれても困るのだ。



「だぁぁぁ……今日は何して遊ぶんだ?」

「かくれんぼ!」



 少女の一人が声を上げる。たしかシャオという名前だ。

 シャオがかくれんぼを提案すると、それに賛同する声が続々と上がる。

 実を言うと、何回か遊びとしてかくれんぼが提案されていたのだが、ティゼルが鬼をする関係上、全く持って土地勘や建物に対する知識がないティゼルが圧倒的に不利であるため断っていた。

 が、今日もそれを断るとさすがに何か言われそうだ。

 ある程度、孤児院の中も見れたのでそろそろやってもいいだろうと、かくれんぼに決定した。


 カイに指定された秒数を数え、大声で部屋の中へ問いかける。

 返ってくるのは元気のいい「もういいよ」の声。

「さて」と動き出し部屋の棚や机の下、ソファの影を確認していく。

 ティゼルの鋭い感覚を使えば子どもを探し当てるなど造作もない。事実、ティゼルの近くに隠れていた子どもたちは既に見つけてある。

 さすがに子どもの遊びに全力を出すのも大人気ないため部屋を一つ一つ確認していくことにした。



「どこだ〜?」



 わざとらしく声に出してみる。

 鬼が来たことが伝わったのだろう、四つある子どもたちの部屋の一つを探索中、並んで置かれている子どもの用の机のあたりが大きく揺れるのがわかった。



「下か」



「みいつけた」と言いかけて、言葉を止める。

 ティゼルが予想していた位置には誰もいなかった。しかし、たしかにこの辺りから気配は感じている。



「……いるんだろ? わかってるぞー」



 声を出してみると明らかに動揺したことがわかる。

 机のあたりだ。

 そばにある棚の中だろうと戸を開くと、予想した通り中に二人隠れていた。よくもまあ、こんな狭いところに隠れたものだ。



「はい、みいつけた」

「な、なんでわかったんだ!?」

「これが大人の力だ」

「てぜるは大人じゃないだろー」



 子どもを相手に胸を張るのはなんだか虚しい気もした。

「ぶー」と口を曲げ出てきた二人を広間まで送り届け、人数を数える。



「十人……あと二人か」

「カイとネネカがいない、よ? たぶん、森の中……」



 カイの姿ははっきりと思い出せるが、ネネカという名前と顔を結びつけるため少し考え込む。

 カイ・ルゥ・ネネカがこの孤児院の中心になっているため、案外顔はすぐに思い浮かぶ。たしか、カイよりも少しだけ明るい髪色の少女だったはずだ。ミーシュと似た雰囲気を出していたのを覚えていた。


 ヒントをくれたルゥに感謝を告げ、外へ出る。

 森の中、と言えど深いところまでは行けないはずだ。

 森の中へ足を踏み入れ気配を辿る。



「いない? 奥まで行ったのか……?」



 獣の気配がないとは言え、子どもだけで森の中へ入ることは危険だ。

 急ぎ足でティゼルは駆け出す。

 やはり地面の上は舗装されていないため走りにくく、枝伝いに跳び回った方が速い。

 ティゼルにとってはまだ深くはないが、子どもの足では十分に深いところまで来ると、もう一度気配を辿る子に集中する。



「奥にいるな。 だけど、一人……か?」



 もう一人に何かあったのかもしれない、と枝を蹴る足に力が篭もる。

 悲鳴を上げる枝を気遣い、今度は幹を蹴りながら奥へと進んでいく。



(なんだ? 光が……)



 そうしてティゼルは森を



「なんだ……! ここ!」



 異様な雰囲気が漂う場所だ。

 枯れた木や燃え尽きて黒焦げになった木。氷漬けになったものもあれば、雷に撃たれたように頭から避けたものもある。

 こんなところに人がいるとは思えないが、たしかに気配はこの先にある。

 足を動かすと、どこかで走るような音が聞こえた。



「ちょっと待て!」



 何があったのかはわからないが、これ以上先に進ませるのは危険だと考え、全速力で駆ける。

 本気のティゼルならば、子ども一人追い抜き、回り込むことくらいは容易い。



「こんなところまで! なにやってん――」



「だ」と言い切る前にティゼルは声を上げた。



「ミーシュ!?」

「……気安いのね」



 ティゼルがカイかネネカだと思っていた相手は、高圧的な態度で腕を組み、こちらを見下すように顎を上げた真っ白な少女――ミーシュだった。



「こんなところまで何? まさかアイアスさんの言うことを真に受けたわけじゃないでしょう?」

「ちが……カイとネネカが森に入ったって聞いてさ」

「あの二人ならもう孤児院に戻らせたわ。 きつく叱っておいたから、部屋の片付けでもしてると思うわ」

「そ、そうか」

「用が済んだなら早く行きなさいよ。 あの子たちと遊んでいるのでしょう?」

「そうだけどさ。 ミ――お前はこんなところで何してんだよ」



 無視。

 ティゼルの言葉に答えるつもりはないらしい。

 そっぽを向き、歩き出したミーシュにさすがのティゼルも苛立つものを覚える。



「お前な、少しくらい会話しろよな。 別に友達なれなんて言ってねぇだろ?」

「その『お前』って呼ぶのやめてちょうだい」

「は?」

「その短い言葉で済ませるのも嫌」

「お前……んなこと言われたってよ」

「嫌なの。 怖いの、それ」



 そう言われてしまうとティゼルに反論の言葉はなくなる。

 視線を下に向け、自らの身体を抱き寄せたミーシュのその声は僅かにだが、震えていた。



「……ごめん。 怖がらせるつもりはなかった」

「わかってくれたのならいいの」

「おま――君なぁ……」



 瞬時に高圧的な態度に戻ったミーシュに思わず口が汚くなりそうだったが、踏みとどまる。

 誰か自分を褒めてくれ、と内心で叫ぶが誰にもほめられることはなかった。

 それどころか――



「その『君』って呼ばれるのは気持ち悪いわ」



 こうしてさらに文句を言われる始末だ。



「――じゃあどのように及び致しますか、お嬢様」



 怒りを堪え、皮肉混じりにそう言ってみるがミーシュに効いた様子はない。

 お嬢様と言われ、上機嫌になっているようにも見える。



「それでもいいけど、普通にミーシュでいいわよ」

「お嬢様呼びのが気持ち悪いだろ。 てか、それさっき嫌がってたろ」

「気安いとは思ったけれど、嫌とまでは思ってないし言ってない」

「……それでいいよ。 じゃあ俺は戻――」



 ミーシュを置いて戻ることに何かを感じたわけではないが、このままでいいのだろうかという疑念が頭に浮かぶ。


 ――そう、ティゼルはミーシュと会話をする必要があるのだ。

 これはいい機会なはずだ。

 友達と呼べるまで仲良くなる必要はないにしろ、護衛としてある程度の会話はしておいた方がいいはずだ。



「――で、ミーシュはなんでこんなところにいるんだ? どう見たって危ない場所だろ、ここ」

「何だっていいでしょ? それに危なくないわ。 ここには魔物もいないもの。 いるとすれば虫くらい」

「そうじゃなくて。 ここ、他の場所とは歪だ。 遊ぶにしても何にしても、もっと他のところの方がいいって」

「たしかに歪ね」

「だろ? 安全そうな場所探すの手伝うからさ」

「けど、いいの。 私はここが好きなの」



 変わったヤツ。

 とは口が裂けても言えない。

 せっかく会話ができているというのにそれを棒に振るのは賢くない。



「好き、なのか? ここが? 何か思い入れでも?」



 我ながら話を広げるのが上手い、とティゼルは心で片手を天へとを上げる。

 同年代との会話は初めてだったが、案外なんとかなるものだ。勢いに身を任せることも大切なのだろう。


 ミーシュはため息をつきながらも、切り株のような石の上に座るとそんなティゼルの内心を見透かしたような瞳で見ていた。

 不健康そうな白く細い足を組む。

 ワンピースの中が見えそうになり、咄嗟に視線を逸らし、ティゼルもミーシュと同じように腰かけようと、倒れた木の上に――



「それはダメ。 座るならそっちにしときなさい」



 ミーシュにそう言われ、指示された木に大人しく座る。

 なんで、と聞く前にその答えが目に入る。

 ドロッ、という気持ちの悪い音を立てて木が溶けたのだ。その腐ったような鼻につく匂いが風に運ばれてくる。



「知ってたのか?」

「当然」

「……ありがとう」

「別に。 危ないことを知らせるのは普通よ」



 それはその通りなのだが、初日にあんな別れ方をしたティゼルに対して親切心を見せてくれるのは不思議なことでもあった。

 ティゼルなら、と考える。

 腐って溶けていく木にミーシュが座ろうとしていたら言うだろうか。



(いや、言うか。 さすがに)



 溶けていく様子を見たからか、言わない自分は想像できなかった。



「ミーシュはいつもここにいるのか?」

「……ええ。 暇なときはね。 あのときだってあなたが追いかけてこなければここに来ていたでしょうね」



 あのとき、というのは初日に二人が出会ったときのことを言っているのだろう。

 嫌味のようにそう言ってみせるミーシュを横目に見つつ、ティゼルはこの場所の様子を再度確認する。


 ミーシュの言葉通り、魔物の気配はない。野生の獣も同様だ。

 周囲の木々からこの場所だけ避けられているようにここには木が生えていない。

 もちろん、木はあるにはあるが、そのどれもが異様な姿で朽ちていた。

 見れば見るほど不可思議な場所だ。

 ティゼルの知識の範囲ではこの場所で何が起きたのかを推測することはできなかった。



「貴方、よくこんなところにいられるわね。 普通、怖くて逃げ出すと思うの」

「まあ、不気味な場所ではあるけど別に怖くはない。 何が襲ってきてもぶっ飛ばせる自信があるからな」

「……野蛮ね。 貴方じゃ敵わないかもしれないじゃない」

「そのときはそのとき。 最悪、全力を出すさ」

「貴方の全力なんて足が早くなる程度でしょ?」

「バカにするなよな。 俺は一応勇者の孫なんだ、力だってミーシュの想像しているよりもずっとある」

「そ、勇者の孫ね……」



 見られていることがわかる。

 品定めを受ける商品の気持ちのようだ。

 ただ見られ続けるだけという時間が過ぎ去り、ミーシュが「そう言えば」と切り出した。



「あの陰気臭いローブは着てないのね」

「陰気臭いとか言うなよ。 知り合いから貰ったものなんだから」

「それはごめんなさい。 てっきり、貴方が選んだものかと」

「――あのローブは孤児院と教会の自室では脱いでるよ。 ずっと着続けるのも面倒だしな」



 ミーシュの刺々しい言葉に一々物申していてはキリがない。

 ここはこちらが我慢するという大人な対応を見せるしかないのだ。そう、大人な対応だ。



「……そう。 そっちの方がいいと思うわよ」



 先までと違い、弱々しく小さな声は風にかき消されてしまいそうなほどだ。

 しかしながら、五感の鋭いティゼルにとってこの距離で、周りも静かな中、聞き零すなんてことはない。



「いきなり褒めるなよ。 なんだ? ミーシュのことも褒めたらいいのか?」

「聞こえてたのね、地獄耳」

「人よりも耳がいいだけだ。 失礼だな。 せっかく褒めてやろうとしたのに」

「いいわよ別に、どうせこの瞳でしょう?」



 なぜか怒りを混ぜたような声音でミーシュはそう言った。

 たしかに夜空に浮かぶ月を想起させる金色の瞳は綺麗だが、それはティゼルが普段鏡で見ているものと同じものであるため、物珍しさも真新しさも感じない。



「……違うの?」

「違うが?」



 金色の瞳同士が見つめ合う。

 お互いに数度瞬きをした後、ミーシュが「じゃあどこ」と尋ねた。



「なんだよ、自分のいいところ知りたいのか? 案外可愛いとこあるじゃん」

「うるさい。 そういうのはいらないから早く言って」

「あー……やっぱ言うのやめた!」

「な、何よそれ!」

「お前が今後もこうして話をしてくれるのなら言ってやる」

「……アイアスさんに言われたことを意識してるなら、アレは気にしなくていいの」



 ミーシュはそう言って視線を下げる。

 ティゼルとしても、アイアスとミーシュと三人で話をした際に言われたことを気にしていないわけではない。

 ここでこうして話をしだしたきっかけもソレだ。


 しかし、ほんの少しだけだがこうしてミーシュと会話をした今、そんなことは頭から抜けていた。



「別に、そんなんじゃねぇよ」

「嘘ね。 だってそう考えて話してきたじゃない」

「なっ……! それは――」

「いいの」



 座っていた切り株から降りると、ミーシュは顔を伏せて背を向けた。

 そして、ティゼルにも聞き取れるかどうかの声量で小さく呟いた。



「私が、生きてるのは良くないことなの」



 駆け足で孤児院へと戻っていくミーシュを追いかけることは容易だったはずなのに、足は一歩たりとも動かなかった。



「そんな、そんな寂しいこと、言うなよ」

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