友達として

 翌日の昼休み。ワクワクに胸を躍らせながら氷見さんに話しかける。


「氷見さん。いっしょにお昼食べない?」

「うん。いいよ」


 その返事に心の中で迫真のガッツポーズを決める。昨日のあの提案は無事に受理され、私と氷見さんは友達になったのだ。氷見さんは「そんな事でいいの?」と困惑していたが、私からすれば何よりも重大な事なのだ。


 それと、昨日の暴力についての呼び出しは無かった。これで私は安心して氷見さんとの食事を楽しむことができる。席が近いので、そのまま机をくっつけて昼食を食べはじめた。もちろん、いつも通りかおりも一緒に。


「どーも。秋風かおりだよー。冬美ちゃんとは幼馴染なの」

「どうも」


 かおりが気安い感じで挨拶をすると、氷見さんは軽くお辞儀をして席についた。


 彼女のお弁当は野菜中心で彩りがあった。やはりあの美肌を保つにはこういう食生活が必要なのだろう。ちらりと隣を見てかおりのお弁当も確認する。氷見さんより少し肉が多いけど、バランスの取れたいいお弁当。


「私、華がないね」


 購買で買ってきたコロッケパンとハムカツサンドを見てため息をつく。


「そう思うんなら努力しなよ」


 かおりが呆れたような口調で痛いところを突いてきた。でも、料理はどうにもやる気になれない。ガサツな母に似たのだろう。


「別にいいと思う」

「えっ、なんで」

「陽向さんは可愛いより、カッコいい、だから」


 クールな瞳に見つめられてかけられた言葉にドキッとする。あの公園で見た子どものように弱った彼女は完全に消えていて、私の隣に座っているのは憧れの氷像だった。


「そういえば、二人はなんで急に仲良くなったの」

「昨日ナンパから助けてもらったの。それでお礼がしたいって言ったら、友達になってほしいって言われた」

「ほーん、やるじゃん冬美ちゃん」

「別にあんな奴ら追い払うなんて楽勝だよ」

「いやいや、そっちじゃなくて」


 かおりはニヤニヤ笑いながら、茶化すように耳打ちしてきた。


「恋人じゃなくてお友達からって、ちゃんと自制できたんだねー」

「そりゃ弱みに付け込むなんてしたら、あのナンパ野郎と同じだろーが」

「わぉ、スポーツマンシップ」


 かおりめ、こっちは本当にいろいろ大変だったのに面白がりやがって。ニヤニヤしているかおりに一発デコピンをくらわす。コンといい音がなって少し赤くなった額を抑える。


「いったーい!乙女の大事な顔に傷をつけるなんてひどいよ!」

「お前が煽るのが悪い」

「もー!」

「ふふっ」


 かおりと戯れていたら急に氷見さんから笑い声が漏れた。笑うなんて珍しいから、じゃれるのを止めてかおりと二人で彼女の方を向いた。口元を手で抑えて上品に笑う彼女は、こちらに気がつくと手を横に振ってこう答えた。


「二人は仲良しなんだね」

「そうか?」

「うん。なんでも言いたい事を言い合える。私はそんな人がいないから、ちょっと羨ましいなって思って」


 そんな彼女の言葉に寂しさを感じた。そして、胸がキュッと締め付けられた。彼女は他の全てから隔絶された孤高の存在。だから孤独なんて感じないし、望んで一人になっているのかと思っていた。


 だけど、それは私の抱いていた幻想の中の彼女であって、実際はこんなふうに繋がりを求めているのだ。そう考えた瞬間、いつの間にか私は彼女の手を握っていた。


「だったら私たちもそうなろうよ。まだ友達になったばっかりだけどさ、私とかおりも最初はただの友達だったし、いつかきっと氷見さんともなんでも言い合えるくらい仲良くなれるよ」


 あぁまただ。興奮するとこんな恥ずかしいセリフを口走ってしまう。言ったことは本心なんだけど、それを全部ぶちまけてしまうのは完全に距離感を誤っている。いきなり詰め寄られて嫌われてしまっただろうかと恐る恐る彼女の顔を見る。


「はっ、はい……」


 彼女の白い肌はほんのり赤く染まっていて、恥ずかしそうに視線を逸らして弱々しく返事をしてくれた。今の彼女は氷像ではなく、昨日公園で見た一人の少女だった。


「……えっと、いきなりごめんね。ちょっと大袈裟だった」

「……ううん。陽向さんが私と仲良くなりたいって思ってくれてるって知れて良かった」


 私と氷見さんの間に妙に熱を帯びた空気が漂う。体温が上がっているのを感じる。きっと私も、目の前の少女と同じくらい赤くなってる。そんな私たちの間にあった沈黙を破ったのはかおりだった。


「やーい、人たらし」

「えっ、ちょっ、いきなり何言ってんだよ!」

「それはこっちのセリフだよ。ごめんね氷見さん。こいつ昔から恥じらいもなくあんなこと言うから」

「えっと、その……私は陽向さんのそういう所カッコいいと思います」

「おっ、高評価だよ。良かったね冬美ちゃん」

「余計なお世話だよ」


 嘘ですありがとうございます。正直私にはあの空気をどうにかすることなんてできなかったろうから本当に助かった。あの空気のままだったら私は何を言っていたかわかったもんじゃない。


「でもねー、カッコいいはカッコいいんだけど、それ以上に冬美ちゃんはガサツだし頭悪いんだよね」

「そうなの?」

「そうそう。ガサツさなんて見ての通りだし、中学の時のテストなんて」

「ちょちょちょ!何言おうとしてんだよ!」


 慌ててかおりの暴露を止める。彼女は幼馴染特権で私のことをなんでも知っている。氷見さんに知って欲しいことも知らなくていいことも。


 さっきは多分、私が中学の時にテストで学年最下位をとった時の話をしそうだった。それを止めるとかおりは不服そうな顔をした。それはいい。意外なことに、氷見さんまでそんな顔をしていた。


「えっ……何これ。私が悪い雰囲気?」

「うーん、まぁねぇ、氷見さん?」


 かおりが意味深な笑みを氷見さんに向ける。氷見さんは少し動揺し、私をチラリと見る。そしてすぐに俯いて、しばらくもじもじと何かを言い淀んでいたが、意を決したのか顔を上げて真っ直ぐ私を見た。


「私、陽向さんのこともっと知りたいの。カッコよく助けてくれた恩人で、でもちょっと変なところがあって、そんなふうにいろんな陽向さんを見せて貰ったけど、まだ知らない事がたくさんあって……だから……」


 何かを躊躇ったのか、氷見さんは急に下唇をキュッと噛んで目線を下に落とした。そのまま後退りしてペコリと頭を下げた。


「ごめんなさい。変、だよね。友達になったばっかりなのにこんなこと言って」


 彼女は胸元に震える手を当てながら、自嘲するようにぎこちない作り笑いを向けた。さっきの彼女に詰め寄られて呆然としていた私は、そこで目を覚ました。


「そんなことないよ。私もそう思ってたから」


 私がそう告げると、彼女の表情の陰が薄れた。不安と期待の混ざった瞳で私を見つめる彼女の手をとって笑いかける。


「私も氷見さんのこともっと知りたい。だからさ……」


 攻めるならここだ。私の中の恋愛軍師がそう命じていた。


「今度一緒におでかけしようよ」

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