第2話 家路

 マジカクラフトは勘弁な乗り物だった。魔力を重点しておけば手をハンドルにあてるだけで自由自在に飛べる。

 ハイリはもう侍女のお仕着せをきてはいなかった。令嬢の旅装に決まりはないが、彼女は動きやすいフライトスーツのようなものを着こんでまるで男性のような恰好をしていた。後部座席に自分のかばんや餞別の大事な品物などを積み込んでいるが駆使しているマジカクラフトは一人乗りだ。

 領主夫人としての家政を学ぶため侍女として様々な領国を巡ってきたが移動はいつもこのスタイルだ。後ろには同じく一人乗りのクラフトに乗った彼女つきのエルフのガイエン、さらに続いて大型のクラフトに彼女の荷物と家妖精のリリ二十四と二十七、そして警備のオークのゴルドスが乗っている。ガイエンは元は彼女の母の補佐でニシトク家の亜人ではないが他はすべてニシトク家の亜人だ。

 軽やかに飛ぶ彼女のクラフトから見下ろすのは昨日までつとめていたコルハウベ領国。

 いくつもの領国をこうやって空から見下ろしたがどの領国も同じだ。

 中心にひと際高い壁に円形に囲まれ、館や配水場、食料工場などの尖塔の並ぶ中心部。そして壁から伸びた通路でつながれた大小の円形の街区。こちらも高い壁でぐるりと仕切られている。これらの街区は領主一族に使える亜人たちのためのものがほとんどで、一カ所、昨日までの彼女のように花嫁修業としての侍女仕えの女性たち、同じく未来の領主などである執事補佐の男性たちの住む区画がある。

 その周辺はすべて森で埋め尽くされている。地表の大部分は森だ。そして地平線は見えない。この大地は球面の表面ではなく、内面にあり中心には動かぬ太陽が輝きつづけている。地平線はないが、大地はせりあがっているはずだが遠すぎてその様子が見える前にかすんでしまっている。この内面を光の世界と彼女たちは呼んでいた。

 この不思議な世界、ハイリたちにとっては生まれついての場所で誰も疑問には思っていない。だが、昼と夜のあった時代の伝説は残っている。夜を知らない子供たちはそれがどんなものか知りたくって、暗い納戸などに入りこんでは泣きじゃくって出てくるものだった。中には泣かない子もいるが、泣いた子も泣かない子も夜のない時代に生まれて本当に良かったと思うところは共通だった。

 昼と夜がなくなったのは偉大な魔法の時代に、今では行使されることのない巨大な魔法がこの大地を生み出したと伝えられている。領国はそのころに配置され、建物の外側はほぼ当時のままであるという。昼と夜のない今、時を知るのは領国の中央の広場にある暦時計だけで、これによるとそれは七千年も昔のことであるという。

 その年という単位が何をしめしたのか、知るものは今はほとんどいない。

 コルハウベの領国はもう小さくなってしまった。

 今、ハイリたちは高度をとって「龍の巣」とよばれる大穴の上をとんでいる。

 龍の巣は文字通り「龍」が眠る場所で天井中央に領国の居住区くらいの穴をあけた巨大なドームだ。その穴からは微動だにしない眠る龍の姿が垣間見える。その役割はわからないが、過去の偉大な魔法使いたちがこれを無目的においたわけはない。一説では光の世界の裏側にある闇の世界からの脅威に備えているのだとも。

 いずれにしろ、立ち入りは禁止されている場所で、踏み込んで無事戻った者の話は伝わっていない。

 少し高度が足りなかったのか、ドームの上で警戒の四本足のゴーレムたちがむくりと起き上がった。ハイリはあわてて高度をあげる。ささやきの魔法で他の二台にも同じことをするよう伝えると、ゴーレムたちは再び元の位置に戻っていった。

 ここに入るためには偉大な魔法使いたちの議会の承認が必要だという。

 だが、その議会は数千年は少なくとも召集されていない。議場はあの太陽の近くにあるというが、そこに至った者もおそらくいない。光の世界を束ねる権威がない今、領国をいくつも支配した勢力もいて、戦争もまれにある。ゴブリンたちはその必要性から生まれた亜人だ。

 龍の巣を越えたあとは他の領国の上を通ることは避け、森の上を飛ぶ。いちいち挨拶して通っていくのも大変なのでそうするのだ。森もここまではこの領国の、ときまっているのだけどそこは大目に見てもらえている。

 ただ、地上から森妖精たちが監視はしているのだけど。

 そして朝出発し、昼が近くになると彼らは領国ではないが宿場町とよばれる森の中にぽつんとできている小さな円形の壁の中に下りた。

 移動する人の便宜を図るために古代に作られた場所で、だいたい領国の境目にあって両方の森からの補給を受けているのだけどさびれたところが多い。

 彼らが立ち寄ったところも小規模なインフラがあるほかは数件の簡易宿舎のような建物が残っているだけ。他の建物は解体され、片隅によせられて補修かなにかの材料として保管されているだけになっている。

 宿の責任者らしい老夫婦が家妖精十人少々を召し使って運営していた。ハイリのような客には驚きもしない。支払いに補佐のエルフ、ガイエンが支払ったのは魔貨。魔力を固定した小型のボタン電池のようなもので、通貨のかわりになっている。魔貨はマジカクラフトを動かしたり、ここであればインフラ設備の動力源になる。

 彼女らはここで食事などの用事をすませてその日の目的地を目指した。

 目指すのはハイリの母の出身地である領国。あとすこしの時間で到着する。

 彼女はここで少し服装を整えた。さすがにフライトスーツで伯父や従兄たちにあうわけにはいかない。ここからは領主一族同士のつきあいの世界なのだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る