第27話 無法者には罰を
「ロッサムの奴が話があるって言ったろ。その時に黙って聞いていれば、こうはならなかったんじゃないのか、金持ちの坊っちゃん」
「……金持ち……?」
「受付で銀貨五枚もさっと出すなんて、金持ちだろ? そんなに小さいのに美しい奴隷まで連れている。金持ちだろーが?」
俺は呻いた。受付嬢のリリスさーん……。
「いやいや、リリスは何も言ってないし、俺たちに関わっても無いぞ」
「名前知っているじゃないか」
「そりゃ、こんな狭い街だ。同じ冒険者だし。知っていてもおかしくないだろ」
ヴォフルは相変わらず子供っぽい瞳をして、目をキラキラとさせながらそう言った。いや、なんか怖いんだが、この人。まあ、短剣を納めたから争う気はないらしい。こちらが話を聞く限りは。
だけど、なあ……俺たち、人だかりに囲まれているんだけれど。向こうからは数人の制服をきた冒険者たちがやって来るのも見える。あの門番の片割れだったロンドさんだった。確か黒の一の位階だったか。その腕に付いている腕章がいやに格好よく見えてしまい、俺はちょっとだけ目を疑った。
「あーあ、めんどくさいのが来たなあー」
「そりゃこんだけ騒ぎを起こせば誰かの目に留まるでしょう、普通は」
「まあ、そりゃそうだ」
そう言うと、ヴォフルは手下たちにまだ自力で立ち上がれない様子のロッサムを運んでどこかに移動させた。彼はその後を追うようにするのかと思ったら、丁度折よくやってきた定期馬車に乗り込んだ。
車内は八人がけで、まだまだ人が乗れそうな余裕がある。先に二人ほど乗っていたけど、ヴォフルが睨むと慌てて飛び降りてしまった。
「乗るだろ? またこんな騒ぎになりたいか?」
「……目的地まで、話を聞くだけなら、別にいい」
「坊ちゃん!」
ティリスは必死に制止する。いやまあ、死ぬわけでもないし。俺には俺のやり方がある。
いいから黙って従え、とそう言うと、彼女はぐっと唇を噛んでからしぶしぶと従った。
「いい奴隷だな。それほど強い部下を俺も欲しいもんだよ」
「あんたの方が強いだろ……」
せっかくやってきてくれたロンドたちを置き去りにして、馬車の扉はヴォフルによって閉じられてしまった。
走り出す馬車に向かい「おいっ!」とロンドの声が聞こえたような気もするが、いまは忘れることにする。俺たちはそれぞれ、四人掛けの席に向かい合うように座った。俺とティリスは扉側に。ヴォフルは俺たちが逃亡する可能性を気にしていないのか、窓際に。
二人分ほどの合間を開けて、ティリスは俺と奴の間に腰かける。いざというときに自分が盾になり、俺を逃がすつもりなのはよく分かった。
「さあ、どうだろな。それより、話だ」
「金が欲しいならくれてやれよ、ティリス」
「そんなっ、こんな強盗などに! あっ」
とんでもない、と彼女は首を振る。そういう返事が返って来るだろうと予測していたから、馬車に乗り込んだ時にバッグから財布を抜いておいたのだ。あの乱闘でティリスは持っていた紙袋とバッグを地面に落していた。それを拾い上げたのは誰でもない、俺だったんだから。
確か、この定期馬車の運賃は……俺は金貨を一枚抜いてから、ヴォフルにそれを投げてやる。それは彼の手の中に綺麗に放物線を描いて落ちた。唖然としてそれを見届けると、ティリスは両目を大きく見開き、俺を非難するようにしてにらんでくる。
「おう、ありがとさん。結構、入ってるじゃないか」
「それで今年一年、暮らす予定だったって言ったら、どうするんだよ」
「美しい奴隷を従えている金持ちにこの程度で破産する奴がいるかよ、冗談も休み休み言え」
中身を確認したヴォフルは満足げに肯いてそう言った。果たして要件はそれだけか? まだまだあるような気がしてならない。
「もう二度と関わるなよ、って言ってもきそうだよな」
「あら、分かったか」
そこでヴォフルは初めて悪党らしい面構えになった。
俺がティリスを抑えているのをいいことに、彼女の形のよい白い肌をぶしつけな態度で舐めるように上から下まで視線を這わせてくる。品定めをしている商人のような顔つきに奴の目当てはティリスか、と心の中で当たりを付ける。
「その奴隷、いい女だよな。いい値段で売れそうだ。そういう話だよ」
「人攫いが本職かよ、薄汚ないな」
「……人攫いじゃない、俺はちゃんとした商売としてやってんだ。ガキの癖に失礼なことを言いやがる」
「はあ?」
薄汚い、と言われて癇に障ったのか、彼は怒りをむき出しにして見せた。
その威圧に思わずうっ、と顔をすくめる俺と、それを遮るようにして身を乗り出すティリス。ありがとうな、お前は本当にいい奴隷だ。俺は役目柄とはいえ即座に行動する侍女に感謝を心で述べつつ、肩に手を置いて後ろに下がらせた。
「御主人様、いけません。こんな奴隷商人と会話をするだけでも、その耳がけがれます!」
そっとティリスが耳打ちしてくる。俺は「やっぱり?」と確認する。間違いないと、肯定が戻ってきた。
「早い話、その奴隷を競売に賭けないか、そういう提案だ。報酬は御主人様が三割。うちが七割。金貨十枚にはなるだろうな、いい商品だからな」
「私はそんなに安くはない!」
自分を差し置いて会話を進めるヴォフルに対してティリスが吠えた。彼女にその身をどうするか選ぶ権利は与えられていない。いないが、人間、自分の価値をそれまでよりも安く見積もられると苛立つもんだ。俺は、奴隷に自由に発言させていいのか、とこちらを見て笑うヴォフルの視線を無視した。ばかばかしい、こんな話に付き合うために馬車に同席してやったのかと思うと、迂闊に誘いに乗った自分にも腹が立つ。とはいえ、俺には目的があったのだ。それをまずは成し遂げないことには、話が始まらない。
「ティリス、いいから落ちつけ。俺が話しているだろ」
「申し訳ございません……」
叱られて侍女はしょんぼりと頭を垂らす。そんな彼女を見て、ヴォフルはざまあみろとせせら笑った。うつむき、悔しそうな顔をするのを慰めるように、俺は手を握り、それをそっと握らせた。
「……イニス様?」
はっ、とした顔になり、顔を上げる。
ティリスは俺の計略に気づいたようだった。
「その財布も返してもらいたいんだけれど? おっさん」
「……っ。いけ好かねえガキだ。俺のどこがおっさんだよ、まだ若いだろうが。失礼なクソガキが礼儀もなっちゃいねえ。奴隷の作法すらできてない、よくそれで主人を名乗れたもんだ」
忌々しそうにそう言い、だが、ヴォフルは財布を手から渡そうとはしない。
「まだこんなにあるんだけど? 欲しくない?」
「てめっ、金貨なんてどこに隠してやがった!」
俺がそれを指先で摘んで差し出すと、ヴォフルはチッと大きく舌打ちしてからその手を伸ばして寄越した。
そこに罠が待っているとも知らずに――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます