第19話 身体検査

 扉をくぐると長い渡り廊下が、随分さきまで続いていた。

 合間には三つの間仕切りというか、開閉式の薄いガラス扉が数メートルの幅ごとに、等間隔に設置されている。


「なんだ?」

「疾病対策ですよ」


 と、ティリスが教えてくれる。

 俺は前後左右を詰めて歩く竜人や獣人、同じ同種の人の男女が、何をどうされるのかを興味深く見つめていた。


 足元の絨毯はふかふかではなく、毛先を短くしていて、弾力性は弱い。十数メートルも続くその床材に金をかける気はないのだろう。代わりに剛毛のそれのおかげで、他の冒険者の靴底から泥や小石、ホコリといったものがどんどんと削り取られていき、いつの間にかどこかに消えてしまう。最初の間仕切りされた部屋はそれで済んだ。


 次に足を踏み込んだ部屋は「ゆっくりと歩くように」と、天井から指示の書かれたプレートが下がっている。


「ゆっくり?」

「清浄魔法が生み出す浄化の風が吹いてきます」

「へえ‥‥‥」


 ブオオオオオオッ、とゆっくりにしては偉く勢いの強い風が、両側の壁から噴き出してくる。

 足元からもそれは吹き付けて来て、まるで全身を聖なる清めの風で、浄化されている気分に浸れた。


 あいにくと心までは浄化してくれないらしい。だが、外部から持ち込んだ寄生虫やノミ、ダニに加えて消毒まで行われ、傷もできてから真新しく、それほど深いものでなければゆっくりと癒されていくのだという。


「なんで、浄化」

「戦争のときに、疫病や流行り病、ダニサイズの人を殺してしまう寄生虫や、言霊・被害者に強制的に描かれた紋様などが招く災い、呪いなど一貫して除去する必要性に迫られたのですよ、イニス様」

「物知りだな、ティリス」

「いいえ、冒険者の間では常識だと思われます」


 にっこりとほほ笑み一つ。

 侍女は知識をひけらかすわけでもなく、俺にそう教えてくれた。

 最後の間仕切りのところに足を踏み入れる。


 そこには、一度、立ち止まるように。と、標識があり、床には人や獣人などさまざまなサイズの足跡が、描かれていた。

 その上に立って足を開くこと数秒。


 今度は上から左右から、青白い光と、燃えるような白い闇が交互に俺たちの身体を照らし出す。


「今度は何だ?」

「危険物を保持していないか、これまでの検閲で確認できなかったまだ未発生の病原体を宿していないかの、確認ですよ。あの光で全部が分かるのです」

「……スキルも――分かるのか?」

「それは‥‥‥?」


 そんな会話をひそひそとやっていたら、突如、光は青と白からオレンジへと変化した。


「なんだ‥‥‥あ? 誰か密輸品でも持ち込もうとしたのかよ?」


 と、ライオンのようなたてがみをした、獣人の男が俺を見る。

 彼以外にも背中に鳥の翼を持つ亜人や、獣の耳をピンっと張った狼の獣人らしき少女もこちらを胡散臭そうに見つめていた。

 理由は分かっている。


 そのオレンジの光は、俺に向けて一斉に照射されているからだ。


「あー……またトラブルか」

「困りましたね、なにがいけなかったのでしょうか」

「落ち着いてる場合じゃねーだろ、ねーちゃん。御主人様が投獄されたら、野良奴隷なんて真っ先に処刑されるんだぞ」

「えっ、嘘だろ?」


 獣人のおっさんが嘘なもんか、と神妙な顔つきになって教えてくれる。

 本人は親切のつもりか知れないが、こちらとしては余計な不安を煽らないでくれ、と言いたいばかりだ。

 おっさんは、やってきた係の衛兵たちに先導されてその間を抜け、ギルドの奥へと入っていく。


「まあ、気をつけてな。大事にならないことを祈ってるぞ」

「何嬉しくねーよ」


 こういったことは日常茶飯事なのだろう。

 他の冒険者たちも、係の指示に従って部屋を抜けていく。

 残ったのは俺とティリスと、六人の衛兵だった。


 その内から一人、こちらはベレー帽を目深に被った黒髪の男が、列から出て来ると俺を一瞥して、うほんっ、と咳払いした。鼻の下に伸ばしたチョビ髭が似合わない、不細工な奴だった。


「困りますな」

「……は?」

「ですから、そのような特級魔道具の持ち込みは禁止と、そうさせております」


 彼らは周囲の光が集約された、俺の左腕にはまったあの青い腕輪のことを語っていた。


「特級‥‥‥魔道具? いや、これは――」


 俺が間抜けにも全部を話そうとした矢先、ティリスが自分の首輪についている手綱をちょい、ちょい、と引き寄せて合図する。

 振り返ると、どうやら自分に任せて、と言いたいようだった。

 俺は首を傾げて合図する。


 ティリスはあの茶封筒から一枚の封筒を取り出して、おっさんに渡していた。


「これは?」

「このアベンシスの総合ギルドマスター、テッソ様への親書となります。王都イベニアのレイドール伯爵。王都騎士団団長閣下よりの親書です」

「ふん」


 小さくどよめきが走る。

 そんな上位層にコネをもつように見えないよな、そうだよな。

 ああ、大丈夫だ。俺はひ弱なぼうっきれのような小僧だからな。


 驚きと好奇心と幾ばくかの畏怖と‥‥‥より多くの「はあ? こんな小僧が、伯爵様の身内?」「あーあ、親の七光りかよ」「こいつと仲良くしてりゃ出世に繋がりそうだな」「いけ好かない小僧だ、虐めてしまえ。いたぶってさっさと辞めさせてやる」「そうだ、冒険者なめんなよ、貴族のボンクラが」


 とか、とか、とか。

 そんな分かりやすい悪意に晒されながら、俺はどうする? とおっさんを見上げてみる。


 彼は似合わない髭を撫でながら、「仕方ない」と呻くように言う。


「次回からは、その腕輪。外して入ってこい」


 そんな注意を一つ垂れると、彼らについて来いと言われて向かった先は――三階まで吹き抜けになっている、巨大なホールだった。













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