第18話 冒険者の階級

 冒険者には制服がある。

 普段の任務ではそうでもないが、いざ公務などに就くときにはそれの着用が義務付けられている――と、いうことを俺はこの後、受付のお姉さんから聞いたのだが。

 この時はおっさんの着ている黒い上着と、その腕に縫い付けられた刺繍を指差していた。


 そこにある、二本の剣が交差し、合間に槍が、左右にそれぞれ竜と太陽を模した意匠が施されているそれは、この王国の総合ギルドに加盟したら与えられる制服であり、誇りとなる紋章だった。


「お前が? いやー‥‥‥年齢を問うことはないが」


 おっさんは俺よりティリスのほうをチラリ、と見た。年齢的にもそちらの方が、保護者役に相応しいと思ったのだろう。


「ここで戻ったほうがいいんじゃないのか? お前の御主人様、ひ弱すぎるだろ」

「うるせっ、ほっとけよ!」


 なんだかひどく理不尽な扱いを受けている気がする。


「そんなひ弱な細腕で、どんな冒険をするっていうんだよ? それとも凄まじいスキルでもあるってのか、ええ?」


 おっさんは俺の頭に手を伸ばすと、そのごつい熊みたいな手で俺の頭を撫でまわした。ごつすぎて岩かなんかでゴリゴリと頭皮ごと自尊心を削り取られている気がする。


「坊ちゃん」


 と、ティリスが慌てておっさんと俺の間に割って入り、それは止められた。

 おっさんは意外そうな顔をして、悪い悪いと、謝罪する。むうっとにらみつけるティリスに頭を万力で締めつけられたような痛みに顔をしかめる俺。頭を撫でられすぎて世界が揺らいでやがる‥‥‥。


「それくらいで喚いていたんじゃ、冒険者は務まらないぞ、坊主」

「ちょっと、貴方! 失礼ですよ。ああ、しっかりしてください、イニス様!」


 まだぐわんぐわんっと視界が揺らぐ俺を必死と抱きしめてくれるティリスの胸は高級羽毛が詰まったクッションのようにふくよかだった。

 この世の幸せの一つに包まれて、俺はどうにか意識をまともにする。


「大丈夫、大丈夫だから‥‥‥はあ」

「すまんすまん。新人だと耳にすると、ついな。俺もお前の頃に冒険者になった。まあ、頑張れや」


 って、そう言いながらまた手を俺の頭に伸ばしてくる。

 ちょっ、冗談じゃねーぞ、またあんな痛みに際悩まされてたまるか。

 俺はティリスの腕のなかから抜け出すと、おっさんの手をおもいッきり払っていた。


「おっ」


 ありゃ、力を入れすぎたか? おっさんの手は相変わらずごつくて、力んだこっちの手がしびれそうだった。

 しかし、痛みを感じたのは俺だけのようだ。門番のおっさんは、俺の対応が驚きだったのか意外そうな顔をして見せる。

 それからにかっと笑って見せた。屈託のない、青空のような笑顔だった。


「自分で動けるじゃねーか。なら、頑張れるかもな。守ってやらなきゃ、俺たちは役立たずだ。それを忘れんなよ」


 行ってこい、と背をドンっと強く押される。かなりいい打撃となって肺から息を絞り出した俺は、たたらを踏んだ。どうにか倒れそうになるのを、我慢する。

 俺が握ったままのティリスに繋がるそれがピンッと張り詰めてしまい、彼女の喉を圧迫する・‥‥はずだった。

 そのことに思いいたり、はっとなってうしろを振り返る。手綱に余裕を持たせようとして、侍女は俺の至近距離に立っていた。


「その姉ちゃんのほうが、坊主よりも手練れだな。教えてもらうといいんじゃないか」


 もう片方のそれまで黙っていた門番が、それまでのやり取りを見て軽口をたたく。周囲もつられて幾つかの苦笑が生れた。

 いや、我慢だ。俺がこんな程度のことで怒りを振りまいてどうする。俺はもう一人の門番、灰色の髪をしたそいつを見上げた。


「おじさん、階位は?」

「は? 俺のことを参考にしたいってか」

「かもね」


 おっさんは面白い、と呟いて腕のそれを見せてきた。あの紋章の下に縫い付けられたワッペンがあり、そこには、白地に横一文字の黒が引かれている。

 白、黒、浅黄、緑、赤、青。

 六段階あるうちの、最下位の冒険者。ってことになる。


「白じゃん」

「うっせえぞ! 白にも一から三があるんだよ。俺は白の一! 白に属する中じゃ一番上だ!」

「あーなるほど」


 俺はにやり、と嫌味を込めて笑ってやった。


「あんだ? 文句あるのか」

「だから、その年で門番どまり、なわけだ。ふうん‥‥‥」


 このクソガキ、と言いたそうな顔でおっさんは俺を射殺しそうな視線をぶつけてくる。

 だが、その位置からあまり動いてはいけないという規則でもあるのだろう。

 顔を赤くしながら、周りのくすくすっという笑いを背中に受けて、頬の筋肉をぷるぷると震わせていた。


「その坊主の勝ちだな、ロンド。お前が弄り過ぎた」

「バハム、お前まで」


 最初に俺を可愛がってくれた黒髪のおっさんが、ロンドというそいつを窘めていた。

 よくよく見ると、その腕には浅黄のワッペンが縫い付けられている。

 中級冒険者を意味するバハムっておっさんですらも、門番なの? どんだけ層が厚いのアベンシス支部の冒険者は‥‥‥、と俺は目を見開いた。


「参りましょう、イニス様」


 と、驚いている中にティリスが声をかけてくれて、俺は我に返った。


「ん、うん……」


 今度はティリスに腕を引かれるままに、途中から入れ替わり、背を押されるようにして俺はそこを立ち去った。


 後ろから、おっさん二人の「頑張れよ」なんて声援を受けながら。




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