第17話 散歩する主従
そこからアベンシス市内と郊外を定期運航している四頭建ての馬車に乗り合わせ、揺られること十分。
徒歩で行けば一時間もかからないそこに、総合ギルドのアベンシス支部は在った。
昔からこういった地方では、その土地の領主の屋敷や、城のなかに役所が併設されることは別に珍しくない、とティリスは教えてくれた。
俺よりたった四歳違うだけで、彼女はこの土地に住む平民や貴族、馬車から降りた俺の前を行き交う人々と大して変わらないような振る舞いを見せる。
街といえば王都の学院と貴族御用達の商人たちが運営するデパートと、王宮しか知らない俺にとって、ここに着くまでに目にした彼らの、この市に住む人々の生活の様は、新しさに満ち満ちていた。
同時に、農民たちを見ると、俺もああした最下層の住人に追放されたのだ、というそんな虚しさも覚えた。
「冒険者ってどうなのさ」
「はい? どうして私に」
「爺がお前が元そうだったと言っていたから」
「イニス様は使う側におられますので。たくさん冒険を為されて、経験を積まれ、王都に戻れますよ」
「そう言う話じゃなくて」
不満を漏らすが、ティリスは目の前に立つ五階建ての灰色のコンクリートで覆われた建物を目指して「参りましょう」と俺を促して見せた。
なんだか肩透かしを食らった俺は、頬を持ち上げると、ティリスの首輪に繋がる手綱を引く。
彼女は散歩される犬のように、決して俺の前にでることはなかった。これじゃいい見世物だ、と思っていたら、意外とそういった連中は多く、そこかしこで目にする。
この時期になると貴族たちの人事異動があるのだという。主に官僚だったり、地方公務員だったりする連中だ。転勤に伴って自分の奴隷の再登録、とそんなところらしい。時期に救われて、俺はギルドの門をくぐった。
近づいてみて分かったことだが、この建物を覆っているコンクリートには、キラキラと何かがちりばめられていて、所々から陽光を反射している。
不思議に思い、門番を勤めるおっさんの片方に訊いてみたら「サンゴを砕いて入れている」との返事が返ってきた。
この地方は大昔、海の底だったらしく硬い岩を砕くよりも、サンゴの化石を砕いたほうが楽だったらしい。昔から重宝される建築資材だったと聞いて、一つ賢くなった気分だ。しかし、大通りに面していていざとなったら敵との戦いだってあるだろうに。ギルドなら‥‥‥どうして縦三メートル、横幅四メートルほどのそれしか、入り口がないのかこれもまた奇妙に感じれた。
王都なら、まず高い防壁が幾重にもあり、それから門を二つほど通ることでようやく、目的地に辿り着ける。俺が覚醒の儀式を受けた神殿だってそうだったし、学院だってそうだ王城なんて五重の防壁があった。俺の今住もうとしている屋敷にだって、壁と庭がある。
だが、ここにはない。
ない代わりに、外壁になっているそれが厚さニメートル以上の分厚さを誇っていることに納得がいった。
「……すげェ」
俺の両腕を広げても、それはまだまだ横に広く肉厚だ。
「なんだ、このアベンシスは初めてか?」
「え、ああ。うん――これから登録に」
「奴隷の?」
そう言うと門番のおっさんはティリスを見た。まあ、無理もない。貴族の下男は平民が多いし、奴隷の登録に行くように命じられた、と考えなくもない。その割に、周りにいるそういったやつらの主は‥‥‥爺みたいな大人の男性ばかりだった。
「いや、俺の」
「お前? どこに登録に」
「……冒険者だよ。あんたと同じ‥‥‥」
そう言って、俺はおっさんを指差した。
正確には、黒髪を短く刈った、精悍な顔つきの三十代のおっさん。その着ている制服を指差したのだ。
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