第16話 枷と首輪の対価

 存在する意味。生きる意義。

 でも、俺に与えらえたスキルは『消去者』だよ、オロン爺。

 それらを抹消してしまうような、恐ろしい存在だからとここに追いやられたのに、真反対のことばかり現実は俺に見せようと意地悪を仕掛けて来る。


 本当、よく性格がこれ以上悪くならなかったものだと、当時の俺に我ながらよくやったとほめてやりたいほどだった。


「ま、あまり固く考えず、のんびりと冒険者になられるがよろしいかと。すぐには任務に出ることもできませんでな」

「それ。そこだよ、それを知りたい。俺、これから何をすればいいのさ」

「そうですなあ。わしが若い頃は魔族とのいざこざもあったり、なかったりで。行けばすぐに登録‥‥‥となるものでしたが。今は、行かなければ分かりませんな。旦那様から必要な書類は預かっております」

「……一人で行けっていう命令も、だろ」


 そう言うと、オロン爺はちらりと後方を振り返る。俺もまたそちらに目が向いて、そこにいたタオルを上半身に巻いたまま、多分、中の湯などの後始末をしていたのだろう。ティリスと視線が合い、どきりとして目線が固定されてしまう。

 気まずい雰囲気とはこういうものを指すのか、と勉強になった。


「あれは連れていかれた方がよろしいかと」

「なんで‥‥‥一人でも行けるけれど」

「あれは、イニス様より若い頃に奴隷になったようですが。以前の主人にはそれなりに鍛えられておりますからな」


 俺の知らないティリスの過去をオロン爺は知っているらしい。どういうこと? と片眉を上げて見せると、簡潔に教えてくれた。


「あれは若いながら、剣も魔法も使える奴隷としては稀有なもの」

「意味が分かんねーよ、爺」

「まあ、詳しくは道すがら訊かれたらよろしいかと。馬はどうしますか」

「どうせ、これからしょっちゅう歩いていくことになるんだから。そうするよ、一時間もかからないだろ」


 そう言ったら、爺は屋敷の門柱の隣に立つ、なんだかぶっとい木の柱を指差して言った。


「馬車の定期便もございますからな」

「……」


 そんな便利な物あるなら、とっとと言え。これを、と爺は茶色い封筒を手渡してくる。

 俺はその中身を確認しがてら、停留所に掲げられた時刻表をにらみつつ、隣に立つティリスの恰好を盗み見ては、心の中でため息をついていた。

 シックで古風なワンピース。しかし、絞るところは絞られていて、彼女の抜群のプロポーションを影のグラデーションで彩りだしている。


 これって反則だよなあ、と呻いてしまう。


 俺はどこにでもいるような平民と変わらないカーキ色のシャツに黒い生成りのパンツ、革靴という出で立ちで、背の高い彼女が肩から革製のバッグを下げたまま後ろに立っていたら、まるで下男と良い所の侍女がいる、と見えているような気がする。

 まあ、こいつの首輪がすべてを台無しにしているんだけれど‥‥‥俺は、手元に握る革ひもが彼女の首輪に繋がっているのを見て、やれやれと首を振る。


 なんでも、屋敷の外に出る奴隷には許可証の発行がいるのだとか。それは、所有者が土地を移動するごとに発行しなければならないのだとか。発行しないまま奴隷が好き勝手に歩いていたら、法律の対象外に置かれるのだとか。


 つまり、こいつはそうなると罰として処罰‥‥‥死刑になることを意味している。


「ギルドに着いて登録するまでだから、我慢しろよ」

「慣れておりますから、御主人様」


 ティリスはアップにしたその髪を尾のように揺らして従順にそう言ってみせた。

 なにが慣れているんだか。

 その枷をさっさと俺は外してやりたいよ、ティリスさん。

 この時から俺は奴隷という制度そのものに対して嫌気が差すようになっていた。

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