第14話 彼女の属性

 まあ、そうは言っても若い肉体は正直なもので。

 いけないと思いながらも視線はしっかりとティリスの肢体をなぞっていく‥‥‥、とそこで気づいた。

 俺の視線は、左手を拭いてくれているティリスの胸元――では、なく。

 自分の手元を飾る、あの腕輪に注がれていた。

 青灰色のそれは淵が青黒く、中心にいくにつれて薄く爽やかな青味を帯びていくそれを見つつ、ティリスの胸をチラ見していたら、見つかった。


「イニス様!」

「すっ、すまんっ。そうじゃなくて‥‥‥」

「見られたいなら、そう申し付けて頂ければ。ティリスは従いますので」

「そうじゃないっ。まじでそうじゃないんだ。待ってくれ、待て」


 侍女はちょっとだけ飢えた獣のような目をしてじりっとにじり寄って来る。なんかこいつも微妙なパワーバランスを保とうとしているようで、食われそうなその勢いに待ったをかけた。


 ティリスは「ちぇっ」と聞こえないように唇を尖らせると「ではなんでしょう?」と訊いてくる。

 俺は、腕輪を右手の人差し指で示して、「これだよ」と言った。


「これさ、父上がくれた守護の腕輪なんだが、俺の身を守ると同時に能力を最小限に抑える役目を果たしているんだとか」

「へえ、それは素晴らしいお品ですね」


 素晴らしいのか? 俺はよく分からないまま、首を傾げた。

 まだ乾ききっていない髪先から、しとりと水滴が垂れ落ちる。

 それは下でひざまずいているティリスの膝の上に落ちて弾けた。ぱちんっと太ももに広がるそれは、むっちりとした太ももを透明に彩る。


「まだ乾いておりませんね」

「あーそう。だけど、いやそうじゃなくて。それくらいはいい、俺が自分でやる!」

「でも乾かさないとお風邪を召します」


 けど、と言い返す前に、立ち上がったその手から温かい暖気が噴き出てきて、俺の髪をゆっくりと乾かしていく。

 そう、俺は知りたかったのだ。彼女の胸の大きさではないっ。

 彼女の持つ属性、その効果のほどを。


「それ、俺にはできないんだけど」

「それ? この温かい空気を出したことですか?」

「そう、それ。お前はなんの属性なんだ? 火、それとも光?」


 ティリスは問われて不思議そうな顔をする。

 どうしてそんな質問を、とその目は語っていた。

 俺は知りたかったのだ。自分が覚醒したと言われた、あの迷惑なスキル『消去者』の効果範囲を、その効果を‥‥‥。


「私は光、闇、炎、氷、水、風、大地、時空の八つのうち‥‥‥そう、ですね」


 と、ちょっと寂しそうな光を灰色の瞳に映してから、言葉を続けた。


「大して強くない大地ですよ、御主人様」


 にっこりと作り笑いを浮かべる彼女はさらに寂しそうな顔をする。もしかしたら、ティリスの触れられたくない過去に触れてしまったのかもしれない。

 なんだか悪いことをした気がして、俺は「そうか」とだけ言うとあとは自分でやるからとタオルを奪い、浴室を後にする。


「あ、御主人様っ」

「お前も湯を使え。そこで使っていいから。それで、仕度しろ。俺は自分でやる――できるから、な」

「あ‥‥‥。ありがとうございます。御主人様」


 半分だけ開いた扉の向こうで、ティリスが戸惑った顔のまま返事をしてくる。

 俺は教えてもらった彼女の属性。

 大地のそれが、どうして俺から影響を受けずにいられるのかをちょっと不思議に思うのだった。


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