第13話 侍女、勝利する


「後は、自分でできるからっ、もういいっ……」

「え、でも。イニス様のお世話をするのが、ティリスの役目でございますから」


 いや、決意を硬くするようにして、そんな真面目な瞳で俺をしっかりと見つめてこないで。罪悪感に際悩まされるから。

 そんな俺の心の声は届かない。

 肝心のスキルは当然のことながら役に立たないし、腕輪に込められた自衛用の魔法で撃退するということもできないままに、俺はまずいっと焦ってしまう。


「しっかりと、最後まで拭き上げさせていただきます!」

「やめっ、いや、やめろっ……」


 俺は悲鳴を上げた。

 しかし、痩せこけて体力もまともにない十二歳が、日々、奴隷として過酷な肉体労働で鍛えられてきた侍女に勝てるはずもないのだ。

 体格だって、頭一つは違うし、肩幅だってお姉さんには敵わない。


 眼前に迫る二つの豊かなそれは、桜色の尖端までくっきりと俺の目に焼き付けられていく始末。


「動かないで下さい、御主人様。洗えません!」

「はっ、はいっ‥‥‥くそっ」


 なんでこうなるんだよ、と心で叫んで頭から湯船へと、全身を沈めて俺は抵抗した。

 だが、侍女のたくましい‥‥‥いや、長くて繊細な細腕は思ったより力強く俺を引き上げてしまった。


 全身がびしょ濡れになることも、裸に近いそれを晒すことも厭わず、職人魂に近いそれを見せつけるティリスさん。

 頭の後ろでまとめた髪がはらり、とほつれてうなじにかかる様も美しくて、俺は必死に「俺は御主人様、俺は御主人様!」と心で唱えて下半身を鎮めにかからなければならなかった。


 つまりところ、俺は敗北したのであり、目を瞑っている間にしっかりと綺麗にされてしまった後は、もうなんだかどうでもいいや、と恥ずかしがることを放棄してしまっていた。


「やっと大人しくなってくださいましたね」


 ほう、と大きな溜息をつかせてしまってごめん、と侍女に謝る俺。気分は御主人様に無理やりお風呂に浸けられて洗われてしまった犬のそれだった。


「はい、では泡を流しますから」

「いや、もうできるから」

「早くでてくださいませ」

「……はい」


 もう洗うとこもないだろうというところまできて、水道から流した水と桶に溜めていたお湯で全身の泡を落としたら、今度は柔らかくてふんわりとしたバスタオルでくるまれる。


 旅の間にはできなかった贅沢に、心も和らいだ。

 ごしごしと髪を、身体の水気をティリスは拭き取っていく。


「……冒険者、頑張るよ」

「はい!」


 そう決意したら、彼女は自分のことのように喜んでくれた。

 その時は身長差があるから、床にひざまずいたティリスを見下ろすようになってしまったのだけれど。


 もう、俺の目に映る彼女に気恥ずかしさとか、いやらしさの混じった何かを感じることはなくなっていた。


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