第12話 背徳の水面
たぷんっと浴槽に水面があたり、生まれた音か浴室にこだまする。
王都にあった実家と違い、こちらの浴室はタイル張りで、蛇口も専用のものがあり水が直接、浴槽に流せる仕組みになっていた。
実家のもは大人ひとりが肩まで付かれるように設計された移動式の浴槽に、暖炉で沸かした湯を溜めて水で割り、初めて入れる仕組みのそれだった。
しかし、田舎のここは、王都よりも発展してから荒廃した土地だった。
「帝国時代には中心地だったって言うもんな、ここ」
「そうですね。ペイパルスト帝国だった名残だと聞いています」
都会の名残。先進国だった帝国が分裂して荒廃したのは、そんなに古くない。二世紀ほど前のことだ。広すぎた領地は分割されて有力諸侯だった家臣たちに奪われたらしい。
そして文化も廃れ、当時は当たり前だった様々な文明も、後退したのだとか。
「ここに来るときだって、馬車じゃなく鉄道に乗れたら楽だったのに」
「あれは上級貴族の方々だけが利用できるものですから」
「それは分かっている」
自分で沸かした湯につかりながら、俺はそうぼやいてみせた。
ティリスは一つなぎのワンピースのような白い下着姿で俺の各部を、洗ってくれる。これじゃまるで貴族だ。貴族を追放された身分なのに、やっていることはなんら変わりない。実家にいたころと、大差ない生活を俺は送っていた。
自立すると誓ったのに‥‥‥。
こうして、ティリスに世話されている様は、まるで子供のようで――子供だったと改めて自覚してしまう。
ティリスは自分の弟のように俺に献身的に尽くしてくれていて、この時も湯船に石鹸水を流し込み、泡を立てながら俺の背中を洗ってくれていた。
「……冒険者、なれるかな」
ぽつり、とそう本音が漏れる。
俺は不安と焦燥感に駆られていたのだ。この見知らぬ土地で、生きて行かなかければならない、そんな運命を否定して、あの優しい両親と家臣たちと、兄弟姉妹がいた過去へと逃げ戻りたかった。
しかし、それはもはや敵わない夢だと知りながら、手放すことのできない望みでもあった。
「できますよ、イニス様なら。大丈夫です」
スポンジを持ったその手が背中から、腕を這い、腕から俺の前へと伸びてくる。脇の下を現れるとくすぐったくて、つい暴れてしまった。
「あ」
「きゃっ」
俺の立てた水しぶきが、ティリスの下着にかかり、上半身へと下着をへばりつかせた。
豊満なその胸が、くっきりと透けるようにして、浮かび上がらせていた。
その上にあるのは長くて細い首と、卵型の小さな頭部。
恥ずかしくてもそれを隠そうとしたら俺から手をどけないといけないから、できない侍女は困ったように視線を下に逸らした。
俯きながらに、でも手を止めようとしないティリスは、自分の仕事に専念しようとしていた。
その首に巻かれた無骨な鉄の環が、この状況に背徳的な何かを感じさせる。
「ごめん」
「申し訳ございません。お目汚しでした」
「……いや」
そんなことはない、と言おうとして俺も後ろにいる彼女から、肩越しに見ていたその視線を前に戻した。
ティリスは仕事を全うしようとしているのだ。
奴隷として命令を懸命にこなそうとしてくれているのだ。
そこに付けこむようなことは、その光景を見てふはっ、と喜びの声をあげるのは、相手に失礼じゃないか。
俺は、こいつの主人として恥ずかしくない行動を取らなきゃならない。
‥‥‥なんて大層な理想論をぶち上げながら、俺の股間も同じようにぶち上ろうとしていた。
それを知られたくなくて、湯船に大量に浮いている泡が、いまは下半身を隠してくれていることに感謝した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます