第11話 侍女と沐浴

 ティリスはそんな俺を見捨てることなく、セクハラ発言にもにっこりとほほ笑んで「では、御主人様が出られた後に、お湯を頂きます」と返事を返す。

 一番最後に、と付け足して。そこは平民で、彼女の上司であるオロン爺に気をつかったようだった。


 俺は面白そうにティリスを見上げて、はあ、と溜息を一つ出す。

 まるで憂鬱だ、とでも言うかのように鼻を鳴らした。


「ティリスのはもう、見慣れたから。どうでもいいよ」

「御主人様!」

「はいはい、嘘だよ。嘘」


 と俺はぞんざいな返事を返す。旅の最中、三人だけで野営する一月間だ。奴隷の女が水浴びをしたり、湯で身体を拭いたりするのを主人が目にしたところでどうということはない。

 むしろ、そんな汚い物を視界に入れるな、としかりつけるほうが正しい、とこのときは思っていた。


「お前も湯を使って用意しろ」

「えっと、お食事の用意なら、はい。食材を購入してまいります」

「いや、そうじゃなくて」


 と、俺は最初に見つけた家臣たちが寝泊まりする部屋にティリスを連れ込んだ。そこにあるクローゼットには洗濯済の侍女たちの制服がわんさとかけられている。

 古いデザインだが、現代で言えばかしこまった席に同伴させても文句の出ない、そんな服装に仕上がっていた。


「これを‥‥‥宜しいのでしようか。私、その奴隷ですが」

「あーそうだね。その首輪もさっさと取れたらいいのにね」


 そう言いながらクローゼットを開放して好きにしていい、と伝えて部屋を後にする。そこには靴や他の服もいくつかあり、容姿端麗なティリスが着ればきっと人目を惹くだろうことは容易に想像できた。


 数年前までどこかの貴族令嬢だったとか聞いた気もするけれど、そんなことはどうでもよくて。他の女奴隷ならさっさと股を開いて奴隷の身分からの解放を望むだろうに、彼女はかたくなに自分の身分を理解して行動する。

 鉄の首輪についた鎖の端が、チャリンと音を立てて揺れた。

 それはまるでモノとして扱われることで、自分の生きる意味を見いだそうとする、ティリスの心を代弁しているようにも聞こえた。


「……そんなに物に成り下がりたいのかよ」

「すいっ、ません」


 と小さく返事が戻って来た。聞こえたかどうかは知らない。

 その部屋を出るときに掃き捨てるように言ったその言葉にも――悲し気に反応したようにも、思える。とりあえず、俺は主人としては最低の部類に入る粗雑な扱いを彼女にしていたような気がする。

 それはさておき。

 用意をしてこの街、アベンシスの中央通りそいにある総合ギルドに向かわなければならなかった。

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