第10話 貴族の誇りはもう消えて

 元々、陰気で貧弱な少年だった俺は、このときは旅で満足のいく栄養も取れていなかったせいか、鏡を見れば自分でも驚くほどに痩せこけていた。


 道を歩けば、通りすがりの人が振り返って「幽鬼じゃないよな?」と確認するほど、俺の外観は不気味になっていたのである。

 卑屈で絶望感に浸っていたせいか、性格まで変わってしまわれた、と旅に同行してくれた二人の供――馬車の御者をしてくれたオロン爺と、旅立つ前に奴隷市場で購入した、俺より四歳年上の侍女ティリスも声を同じくしてそう言っていた。


「イニス様は何も悪いことなどなされておりませんのに」


 と、慰みの言葉をかけてくれるティリスが、そのときはどうにもうざったくて、側に寄るなと殴りつけたこともある。

 俺は貴族の子弟として、伯爵家の息子としての誇りも意地すらも、心のどこかに捨て去っていた。


 そんな俺を気にしてか、ティリスはおずおずと屋敷の中について報告してくる。


「リフォームの業者と、屋敷の管理をして頂いている準男爵様の家来の方々が、伯爵様の命令通りに綺麗に整えて下さったようです。二階から屋根裏までざっと見て参りましたが、どこも水道、暖炉、トイレともに使えるようになっておりました。地下はまだですが――」

「そう。いい。分かった。荷物を入れて食事の用意にでもかかるといいよ」

「はい、イニス様」


 俺はそう命じると、旅の汚れを先に堕としたいと思いつつ、ここでは自分のことは自分でしなければならないのだと、意識を改める。

 最低限のことはティリスとオロン爺に任せればいいだろう。

 屋敷の管理についてもそうだ。

 だけど、何もせずにここにいていい、とは父親から言われていない。


「……イニス、風呂に入りたい」

「あ、はい。ではすぐに沐浴の準備を致します」

「いや、そうじゃなくて」


 え? と侍女は不思議そうな顔をして、それから自分自身を上から下まで見て俺に向き直る。


「御一緒に‥‥‥と、いうことでしょうか。それでもお湯を沸かしませんと‥‥‥」


 と、勘違いしたのか、どこか戸惑いながらそう言ってくる。


「そうじゃないから。薪とかどこにあるか教えてよ。俺が自分でやるから」

「ですが、御主人様はそんなことをなさることは」

「俺、追い出されたただの子供だから」

「……」


 そう言うと、ティリスはうっと言葉に詰まった。

 奴隷のお前と、追放された俺。身分もあるようでない、こんな俺のどこがお前と違う? そう意地悪な質問をしたくなった。しないけどな。


「風呂くらい、自分でやるよ。入りたいなら、勝手に入ってきたら」


 と、したたかにひねくれて見せる。可愛げのない子供だ。まったく、十二歳にしては、この時の俺はねじくれてひん曲がっていた。




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