第9話 奴隷、ティリス
オロン爺に預けていた鍵で玄関を開けると、中は実家の伯爵邸に負けじ劣らずの風格がある家具や調度品が並んでいる。
しかし、窓は鎧戸で覆われていて、まともに陽光が入らず薄暗いままだった。
埃臭いその臭いに、思わず辟易する。
「……なに、ここ? こんなとこに住めっていうの。まじかよ」
と、王都を出てから何千回目かになる自身のスキルに対しての繰り言が出そうになる。
「窓をすべて開けて参りますね」
ティリスは自分から先だって屋敷の奥へと歩いて行った。
オロン爺は変わらず馬車を見ていて、俺は一人、最初に目に入った部屋へと足を運ぶ。
「造りはおんなじか」
そこは伯爵家と同じく、下働きの者たちが寝起きする部屋になっていた。
室内は広く、二段ベッドがなかに四台ほど詰め込まれている。
かつてのこの屋敷の最盛期がどれほど反映していたか、それを理解させるような感覚を覚えた。そんな部屋は入り口から数えて四部屋ほどもあり、余程、俺のじいさんは権力者だったんだなと頷きながら、ティリスの後を追う。
締めっぽくて埃り臭かったのは玄関先だけで、そこから先は空気の感覚が違った。
つい最近まで誰かいたのだと思わせる、そんな暖かみのある雰囲気があったからだ。
足元の絨毯は毛先が長く昨日取り替えたように弾力性がある。壁紙は黄ばんでいるのかと思って触ってみたら、クリーム色のそれに塗り替えられていた。
階段は大広間の奥にあり、これは貴族の屋敷ならどこでも同じ造りだから、すぐに理解できた。夜会などを開いた際には、この段差に呼び寄せた演奏家たちを座らせて演奏させるのだ。
「はあ」
あの豪華だった日々を思い出して、俺は大きくため息をつく。
下から上へと扇形に広がるこの階段の隣には――カバーのかけられたグランドピアノが姿を見せていた。
「金、無くなったら売り払うか」
などと、呟いていると、手際よく窓をあけて採光の作業をしていたティリスがやってくる。
「勿体ないですよ、イニス様」
「物より、金だろ。食事もままならなくなったら、またお前を売る方がいいのか?」
「えっ」
と、普段は笑顔を浮かべているその顔が売ると俺が口にした一言に危機感を覚えたのか、ひきつってしまう。
「嘘だよ」
「はい‥‥‥」
「からっただけだ。面白いから」
「イニス様は意地悪ですね、本当に」
そう告げると、ティリスの顔は安堵のそれに包まれた。
年上なのだから、からかわないで下さいとでも言いたいのかもしれない。
いや、こんなからかいをして家来を弄ぶ俺は酷いやつだ。本当に人間の屑だと自分でも思ってしまう。
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