第一章
第8話 男爵邸
その屋敷は、ずいぶんと寂れていた。
一月近く馬車に揺られ、舗装もされていない街道のせいでクッションもない馬車の床板に気分もお尻もいやというほどに削り取られてしまった俺を迎えたのは、あばら家と表現してもいいような、おんぼろ屋敷。
門柱と門扉、低く生い茂るばべの木立が壁となり、道路と屋敷の境界線を形作っている。
上から眺めると凹凸の凹を逆さにした形になるそれは、二階建ての古い王国式の建築だった。
玄関まで続く道にはレンガが敷き詰められていて、そこには馬車が通行するための轍もしっかりと用意されていた。
馬車を玄関に突き出ている屋根の下にまで持って行けるのは、ありがたかった。
早速、そこに馬車を移動する。中からは誰も出てこない。当たり前か。
「これでも元男爵様のお屋敷。三人で住むには少しばかり部屋が多いですが、なかはきちんとされているはずです」
「きちんと?」
どういう意味だと、俺は訝しむ。
外見も庭先も、どうみても荒れ放題だ。
屋根なんて、ペンペン草が生えていて、瓦を取り替えないとだめなことくらい、俺にだって分かるほどに老朽化している。
「はい、旦那様が先に人をやって、内装からすべて整えてくれているはずです」
「……」
窓にかかった鎧遠しからは、室内にある家具のすべてに白い布がかけられているのが見て取れる。身長の低さが災いして、それよりほかは入って見ないと分からない状況だった。
ここまでの旅程で警護の任務に就いてくれた三人の傭兵は街の入り口で別れた。
これからギルドに行き、契約金の残りを貰うのだとか言っていた気がする。
「中、見てみようか」
「そう‥‥‥ですね」
旅の仲間で家政婦兼侍女として購入した奴隷の女が隣でそう言った。
俺より頭一つ高いティリスが、旅の女性が被る帽子を取りながら作業にはいる支度を始める。豊かな亜麻色の髪が、ほつれて背中に降りているのが見えて、思わずドキリとさせられた。
彼女には貧乏な平民が着るような、着古したワンピースしか与えていないし、足元はサンダルだけしか彼女は持っていなかった。
私物は着の身着のまま、ただ、それだけ。
奴隷になるということはこういうことか、とその首に巻かれた鉄製の首輪を見ながらそう思った。
夏場向けの背中の大きく空いたその部分を隠すようにして、ティリスは長髪を後ろにやると、一つにまとめてから、オロン爺とともに荷物を馬車から降ろし始める。
門柱のなかに馬車を止めておいても、こんな田舎では置き引きする者がでないとも限らない。
荷物がある場合は、必ず誰かが馬車に寄り添って警戒していないといけないのだと、旅の間に酔い兵たちから習ったことを思いだした。
荷卸しを二人に任せると、本当にこんなボロ屋敷に住めるのか、と警戒しながら扉を開く。
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