第7話 冒険者に

 父親が最悪だと述べた感想も、また理解した。


「そうですか。僕がこの家にいて、兄上たちと関わっていたら――ダレン兄さんの『聖騎士』も、消えてしまう」

「お前は物分かりがいいのか、それとも愚かなのか。これまではっきりとしなかったが、愚かではないらしい。我が家の事情を理解したなら、どうすればいいかわかるな?」

「……」


 言葉を交わすことはないというのは出て行けと言う意味で。

 この家に俺が存在することそのものが、悪であるかのような物言いはとても辛くて。

 うっすらと自分の頬に熱いものが伝わっていく。

 それは俺だけではなくて。

 父親もまた同じように涙を流していて。

 親子であるということ以上に、家を守らなければならないその使命感が俺を邪魔者だと判断するのは、仕方のないことなのかもしれない。


「文官には‥‥‥」

「だめだ。王都から出て行け」

「どうして? いてもいいって言ってくれたじゃない。凄いスキルが出なくても、文官として働けばそれでいいって‥‥‥言ったじゃないか」


 今から思えば父親を責めることは間違っていたかもしれない。

 全てはこんなスキルを授かって生まれてきた俺が悪いのだから。

 しかしその時は、家族に見捨てられたくないという、一縷の望みに託したい俺がいた。

 どうすればこの家に残ることができるのかと、父親を問い詰める。

 だが、父親は首を振るばかりだった。


「許してくれとは言わん。しかし、お前のスキルについては詳しいことが分かっていない。遥かな昔、大神ダーシェと戦争をしたという女神カイネがそれを生み出したとも言われている。いつかどこかも分からない場所で、歴史の片隅に埋もれた大戦争の最中に、それが使われたとも言われている」

「だったら。その範囲だって。発動した場合の効果範囲だって、わかるはず―ー」

「お前は何もわかっていない。全てのスキルを消去するから『消去者』なのだ。もしかしたら人の記憶すらも、奪い取るものかもしれん。だからこそそんな記述しか残っていない。そんなお前を我が家に置くことは到底できない。分かってくれ、イニス」

「では僕を地下にでも閉じ込めたらどうですか。封印の結界を張って、その中にでも閉じ込めればいい。そうしたら‥‥‥」

「それすらも打ち消してしまうから、『消去者』なのだ。理解しろ、お前も我が伯爵家の息子ならば。武人らしく、誇りを持ってこの家から出て行くがいい」


 そんな誇りなんて、今となってはどっかにいってしまったけれど。

 スラムのゴミ箱のどこかにでも放り込んだような気もする。


「騎士とは戦場でスキルを用いて正々堂々と戦うモノ。相手を無効化するそれは卑怯者の証だ! 卑怯者など、我が家には相応しくない! 追放だ!」


 父親は真顔でそう言って、俺を追放した。

 マジでやってられないと思ったよ。

 とりあえずこの時の俺はこうやって実家を追放され、王都を後にした。


 十二歳なんて子供でしかない。

 生きるためには血反吐を吐いてでも、どんな汚いことに手を汚しても、明日の飯を手に入れなきゃならない。

 あいにくと、何もかも奪って追放するような無慈悲さはこの父親にはなかった。

 冒険者になれと、父親は言った。


 スキルが発動することが無いようにと、実家に伝わる秘密の魔法も教えてもらった。

 技巧じゃない。魔道具に魔術を込めて使う、それでもない。

 魔法使いがまだ本物の魔法を使役していた頃に存在した、今では失われた秘儀がそこにはあった。


「これもまた厄介な魔法の一つだ。その手をつけておけばお前の体内に、ある程度の時期まではスキルを抑え込んでくれるだろう。多分な」


 そう言って本当なら聖騎士の兄が持つべきそれを、父親は俺に託してくれた。

 今思えば、あれが父親として追い出す息子にしてやれる、最大限のことだったんだろう。

 左腕に腕輪をはめる。


 母方の祖父母が暮らしていた王都からかなり離れた南の地。

 魔王が住む北の魔都グレイスケーフにほど近いそこに、俺は翌日から向かうことになった。


 家族から存在を忌み嫌うということ。

 この辛さは分かってくれる者は誰もいない。多分いないだろうと思っていた。

 自分の新しい旅立ちにすっかり疲れ果ててしまった俺はエルメスのことなんて頭の中から抜け落ちてしまい。

 一月近くの馬車での移動。

 その合間に闇夜に浮かぶ巨大な金色の満月を見て、「あーあ‥‥‥残れたんだよね、君は」と逆に彼女のことを羨ましく思ってため息をつくことも何度もあった。


 みんなが幸せに生きている中で俺だけがただ一人孤独に生きることを強いられる。

 それってとんでもない皮肉だな、と自嘲しながら誰も住んでいない古ぼけた廃墟のような屋敷に辿り着いた時。


 俺の一人称は、気弱な僕から、世界にあるすべての優しさに報復を企てるような、闇色の俺へと変じていたのだった。


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