第6話 破滅のスキル

 はあ、と大きな失望の声が室内に漂う。

 父親の書斎に呼び出された俺の目の前には、あの証明書が広げられて待っている。

 悔しそうにする父親は、両手を頭に手をやるとなんでだ、と嘆かわしそうに大きく左右に振る。

 そんな彼の仕草を見るのは辛かった。


「……『消去者』か。どうして『聖騎士』のギフトを授かったこの世代に、こんな破滅のギフトを授かったんだ。お前は‥‥‥」

「なんでと言われても」


 と、しか俺には言い返すことができなかった。

 それまで何の役にも立たないかもしれない息子が、本当に役立たずになってしまったと父は嘆いていた。

 おまけにこのままでは、長兄の邪魔になるとも言いだした。


「あの、お父様。『消去者』とは、いったい‥‥‥?」


 不安を口にする俺に、父は自分で調べてみろ、と書棚の一角を父親は指し示す。

 その先に視線を移すと、そこには『技巧大辞典』と背表紙に書かれた分厚い一冊の本が収められていた。


「技巧‥‥‥スキル、大辞典?」

「学院でなにを学んできたのだ、大馬鹿者が。兄たちの後ろ姿から何も得てはいないでないか」

「すいませんっ」


 いつになく父親の口調が厳しくなり、そこには時を孕んでいた。

 兄達の背中を見て何を学べというのだろう。

 座っていた席を立ち自分の足で書棚へと向かう。


 そこから抜き出した一冊の本。

 それは12歳でも俺の手のひらよりも分厚くて、顔よりも大きかった。

 上半身を使ってどうにかその重さを受け止めると、ずっしりと重いそれは俺をふらつかせるには十分で。

 どれだけ鍛えても効果のなかった腹筋をこの時ほど恨んだ日はない。


 えっちらおっちら運んでどうにかその辞書をテーブルの上にそれを置く。

 しかしどこから探したものか。

 これにはスキル‥‥‥ギフトによって覚醒した才能とは何が違うのか。そこが今一つ理解できなかった。


「なんだ、わからんのか」

「すいません‥‥‥」

「お前も属性については学んだだろう」

「はい、それは――光、闇、炎、氷、水、風、大地、時空の八つがあると、習いました」

「最近は学院でもそこまでしか教えないのか。まあいい、闇の属性の項目を開いてみろ。その中にある‥‥‥破壊の小項目の最後だ」

「破壊の項目?」


 なぜだか意味不明の寒さが背筋を走った。

 季節外れの北風が首筋をそっと撫でていくような、そんな不気味な感覚だった。

 全身に鳥肌が立ち、憶えのない寒気が肉体を震わせる。


「ギフトとは才能であり、才能とは技巧だ。技巧とはよく言うスキルであり、それは八つの属性に大別される」

「属性から大別‥‥‥ではないのですか?」


 父の言葉は謎かけのようだった。

 しかし、違う、と言下に否定される。


「属性には様々な側面がある。お前が本日、ギフトを覚醒する儀式を受けた神殿が祀る神、大神ダーシェは雷の神だ。それだけでなく、破壊を司り再生を司り法の正義を司る。神々の王でもある。いろんな側面を持つ神が与えるそんなギフトだ。その技巧によっても、属する性質が違う。大まかにわかる内容で分けられているが、たぶんそれだけではない」

「えっと‥‥‥。属性が異なる者と対峙した時には、それと反する属性と戦えと教えられましたが」

「全くなんて嘆かわしい」


 王国騎士団長である父はそう言って、また首を振り嘆いていた。


 火と相反するのは水ではないか。

 どんな大きな猛火も、水をぶっかけたらそれで終わりだろう。

 その時、まだスキルの持つ属性が変化するということに、俺は気づいていなかった。


「火に水を注げば、確かにそれは消える。だが、そこには猛烈な熱波が生まれる可能性がある。そうなったら大爆発を起こすこともあり得る。属性は変化するのだ。変化しないのはスキルの本質のみ。それを見抜けない奴は、戦場で露と消え果てる。覚えておくがいい‥‥‥もう、言葉を交わすこともないだろうがな」

「それって、どういう。お父様?」


 破壊の最終項目。

 話を聞きながらページをめくっていた俺は、そこに自分のスキルを見つける。

 技巧名は『消去者』。俺が与えられた証明書にも、そう記されてある。

 技巧の内容は一文だけの簡素なものだった。


 消去者。すべての技巧を無効化し、消去する。


 理解するまで数秒かかった。

 つまりこれを発動した場合、俺の周りに存在する全てのスキルが、消去される。

 たとえ発動していても消去されて無効化され、この世から‥‥‥消滅する。


 なるほど。

 破滅のスキルとはそういうことかと、妙に腑に落ちた。

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