第4話 同情と憐れみと
宰相の侯爵はさすがにここには来れなかったのだろう。
部下の騎士と思しき男性数名が、「奥様!」とか「姫様、お気を確かに!」とか叫んでいた。
「……何があったんだろ」
ざわつく神殿の大広間を、侯爵家一同は騎士と神殿関係者に連行されるようにして、奥へと消えていく。
子供心によくない事があったんだ、とだけは理解できた。
彼らの背中を追いかけていたら、自分の背を押されて順番が回ってきたことを知る。
今度は、俺が授与されたスキルを覚醒する番だった。
ごくり、とつばを飲み込む。
いきなり緊張感が増してきて、足がぶるぶると震えた。
すくんでしまった自分の心をどうにか励まして、俺は一歩を踏み出す。
「お、おめがいします!」
言い間違えた。
舌を噛んだことを後ろで待つ両親に知られたくなくて、俺は顔を赤らめる。
水晶の前に立つ神官は「大丈夫だよ、安心して。ゆっくりと手を伸ばして触れるようにすればいい」、と優しい声をかけてくれた。
「あ、はい。お願いします‥‥‥」
今度は消え入るような声でそう言うと、俺は一礼し手を水晶の上に恐る恐る差し伸べる。
母親の髪色と同じほどに深い青の水晶は、いくどか瞬いて銀色の文字をその上に浮かべた。
一般人には分からないよう神代の古代文字が用いられているのだという。
個人上保護の観点からだとか、なんとか。
とにかく、それは俺には分からなかったし、親にもとっても同様だった。
「あ‥‥‥っ。あれ?」
と、神官が慌てた様子で漏らすその声には、不安が混じっている。
おいおい、俺のスキルは何なんだよ。
属性はどうなっているんだよ。
そう問いたいのを我慢して、俺はおずおずと神官を見上げた。
「もっ、もう一度‥‥‥。いいかな?」
「はい。もちろんです」
「もしかしたら、器材の故障かもしれないから」
と取ってつけたように、神官は言い訳がましくそう言った。
隣の列。
エルメスの侯爵家が消えていった神殿の奥を心配そうに見つめながら。
俺は再度、水晶に手をかざす。
浮き上がった紋章のような古代文字を見て、神官はやはり「あああっ」と悲鳴を。
今度は間違いようがない、悲鳴を上げてこちらを見ていた。
「破滅‥‥‥」
「はい?」
「ああ、いや! いや、何でもない。ありがとう、君の属性と能力は覚醒した‥‥‥あちらで証明書を貰って帰ってくれるかな?」
「ありがとうございました!」
一応、挨拶だけはきちんとしたものをしていく。
だけど俺と母さんを見送るその視線には、奇妙な意思が混じっていて。
学院の同級生がよく向けてくるそれと同質のものを、俺はよく知っている。
それは――同情という名の憐れみだった。
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