第3話 才女の疑惑

 ぼーっとこれから先ののんびりと過ぎせるはずの人生に、もしも彼女がいてくれたらなあ、なんて子供心に憧れてしまう。

 もっとも当時の俺に、エルメスに声をかけるなんて度胸はまったくなくて。


 同じ学院に六歳から通う彼女とときたま仲良くしてもらったり、食事をするグループにひっそりと混じっているだけの目立たない陰キャだった。


 エルメスたちのグループは学院でもトップクラスに成績の良い生徒たちの集まりで。

 そこに混じれることを自分の才覚だと勘違いすることはなく、逆に兄たちの名声と功績の尻馬に乗っているだけだという申し訳なさがいつも心に渦巻いていた。


 だから密やかに願ったのだ。

 せめて、エルメスの隣にいける程に。

 憧れの女性の側でともに歩けるようなスキルを与えてください、神々の王ダーシェよ、と。


 なんて考え事をしていたら、エルメスの順番がやってきた。

 スキル覚醒の儀式はそんなに難しいものではなくて、神様が宿るとされた子供の頭大の水晶に手をかざすだけ。

 それだけでよかった。


 結果は大々的に発表されることはほとんどなく、各自の親には伝えらえるらしい。

 ついでに神殿が発行する属性とスキル名を明記した証明書が授与される。

 もしそれが家柄を大事にする貴族の体面を汚さない内容なら、後日、神殿を通じて大々的に知られて、その子供は晴れて社交界デビュー。


 王宮に上がり役人として生きることの人生を約束される。

 相応しくない内容なら、それぞれの貴族が持つ領地に送られて男は領地の管理をするし、女は結婚することになる。


 平民や商人の場合はスキルがなくても生きていくことが出来るから、大して問題視はされない。

 算額や国語、読み書きといったものは六歳から十二歳まで通う学院で誰しもが習うからだ。

 その恩恵を享受できないのは、奴隷の子供くらいである。


 そんなわけで、俺もぬくぬくと育ち、ぬくぬくと適当な人生を送るはずだった。


 多分、エルメスもそうだろう‥‥‥。もしくは彼女なら、王国でも数人しかいない女宰相になるかも?

 そうなったら追いつくのは無理だな。なんてぼんやりと彼女の儀式を眺めていたら、急に「えええっ!」と狂気めいた悲鳴がそこから立ち昇った。


 何事か、とみんなの視線が彼女に集中する。

 エルメスは呆然とした顔をして、真紅の瞳に大粒の涙を浮かべていた。

 彼女に付き添ってきていた同じ髪色の女性――母親だろう人は、呆然自失としてぽかんと口を開いたまま、その場に立ち尽くしていた。


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