第3話 たくさんママ友がいる会


 何で凛太郎はあんな態度を取るのだろう。

 やっぱり親が気に食わなくなる年頃なのだろうか。

 私は凛太郎のためを思って勉強しなさいと言っているのに……。


 ──子どもの順位や成績って、私にとって一体何?


 私にとっては、そう、凛太郎の将来が安定すればいいと思って……。

 だって、子どもの将来を心配しない親なんていないでしょう。


 ──ママ友の間で自慢できるから?


 違う。そんなわけないじゃないの。そんなわけない。なのにどうしてあんな言い草……。

 いや、違わない。

 ……確かに私は、ママ友の間で自分の肩身が狭くならないようにと、そのことを心配していた。島木さんと水沢さんの会話に混じって、我が子を自慢したかった。

 虚栄心?

 いや、そんな、まさか。


 もやもやする。


 私は思考を切り替えた。


 順位は高い方がいい。ランキングには載った方がいい。そうじゃなければ、そもそもどうしてランキングなんて学校から配られると思っているの? あれに載った方が勉強のやる気が上がるからに決まってる。だから子どもにランキングに載ってほしいと思う私の気持ちは間違っていない。

 

 でも、何となく、息子の前でランキングのことを口に出しづらくなってしまった。

 また「ママ友の間で──」なんて痛いところを突かれたくなかった。そうしたら思わず感情的に怒ってしまいそうになる。


 そうこうしているうちに期末テストの時期がやってきた。

 息子は息子で勉強の大切さを理解しているのか、ちゃんと塾や自室でもくもくと勉強している、らしい。

 やがてテストが終わった。私はランキングのことが気になって仕方がなくなっていた。見せてもらったテストの点は決して悪くなかったと思うが、果たして……。

 洗い物をしながらぼうっとママ友会のことを考えていると、凛太郎が帰ってきた。そして非常に不機嫌そうに、一枚の紙を差し出した。


「ん」

「え? ……あ、テストのランキング!」

「そうだよ。どうせ見せろとか言うんだろ」

「当たり前でしょう。ちょっと待ってて」


 私は急いで手の泡を落として水をタオルで拭き取ると、ランキング用紙を受け取った。


 まず総合ランキングを確認する。下から順に。

 ない。ない。ない、……あった。

 197位。


「やったじゃない凛太郎!」


 私は喜色満面で息子の頭に手を伸ばして、わしゃわしゃと撫でた。


「ランキングが上がったね! よく頑張った!」

「7つしか上がってないけど……」

「それでもすごいことだよ。えらいね」

「……ふん」


 息子は私の手をペシッと払い除けると、リビングの方に行ってしまった。

 私は舞い上がっていた。

 ランキングに載った! まだまだ島木さんと水沢さんには及ばないけれど、それでも一歩前進した!


 その時、スマホの通知が鳴った。

 島木さんからメッセージが来ていた。


「凛太郎くん197位おめでとう!」


 私は慌てて返信をした。


「ありがとうございます。歩実ちゃんも60位おめでとう!」

「ありがとう」


 私はスマホの画面を見てニマニマしていた。


「ところで、次のママ友会なんだけど」


 島木さんのメッセージは続く。


「もっとたくさんママ友がいる会があるのよ。ちょっと参加してみない?」


 わあっ、と私は思わず微笑んだ。

 何それ、知らなかった。楽しそう。

 これでママ友の輪を広げられる。

 もっとたくさんの繋がりができる。



 ***



 な、何これ。

 私は目をみはった。


 十人ほどのママ友たちがずらり。

 一番奥の席には、いかにも高そうなブランドものを着込んだ人がいる。水沢さんがその人に向かって深くお辞儀をし、私のことを紹介した。


「凛太郎くんのお母さん、瀬川さんです」

「瀬川です。よっ、よろしくお願いします」


 私は立ち上がって、そのボスらしきママさんに頭を下げた。


「そう。よろしく」

 彼女は言った。

 パチパチと拍手が巻き起こる。


「この会はね」


 私の隣に座った島木さんが説明する。


「テストのランキング上位者のママ友が集まっているの」

「えっ」

「そこのお方は、一年生の時から学年1位をキープされてる、塩野芽衣ちゃんのお母様よ」

「そっ、そうなんですね」

「他の方々もみんな200位以上のお子さんのお母様ばかり。どう? 良い刺激になるでしょう?」

「あ、あはは」


 わたしは乾いた口で辛うじて言った。


「そうですね。このような会にお招きいただいて光栄です」


 これまでとは少し違う、ピリッとした威圧感のようなものを感じる。


「瀬川さん」


 塩野さんが声をかけてきた。


「はっ、はい」

「お子さん、197位に上がったんですってね。おめでとう」

「い、いえ、塩野さんほどでは……。でも、ありがとうございます」

「あら」


 塩野さんは思わず失笑したというふうに手で口元を隠した。


「うちの芽衣と比べるなんて……面白いことをおっしゃるのね、瀬川さんったら」


 うふふ、くすくす、と笑いが上がる。私は恥ずかしくて真っ赤になった。


「すっ、すみません、そういうつもりじゃないんです……」

「あらやだ、謝らないでちょうだい」

「はっ、はい」


 私はすっかり小さくなった。


 ……ヤベーところに来てしまった。


 見た感じ、塩野さんを中心に、子どもの成績をあれこれと論じる集まりのようだ。島木さんと水沢さんは上位陣らしい振る舞いをしている。一方で、ひたすら上の成績の子を褒め称え、「うちの子もあやかりたいわ」などと言っているのは、おそらく100位台のランクの子の親たち。


 なるほど。


「芽衣ちゃんは本当によくできたお子さんですねえ」

「あら、当然よ。私が直々に勉強を見ているんですもの」

「羨ましいわあ。うちの子は部活もやめさせて塾に通い詰めているのに、なかなか成績が上がらなくって」

「うちの子も部活をやめさせた方がいいでしょうか」

「そりゃあ将来のことを考えたら、部活よりも勉強を優先した方がいいでしょうよ」

「ですよねえ。うちの子にも言って聞かせてみます」

「そういえば、泉さんのとこの子は、42位に上がってますね。前は確か51位だったのに。頑張ったのねえ」

「偉いわねえ。うちの子ったら今回72位から81位に下がっちゃって。やっぱりいっぺんきつく言っておかなくちゃだめかしら」

「言い過ぎても反感を買うだけよぉ。さりげなくやる気にさせるのがコツなんだから。ねえ瀬川さん」

「あはは……そうですね。う、うちの子もちょっときつく言うと反発しちゃいますんで……お恥ずかしい……」

「やあねえ、中学生なんてみんなそんなものよ。でもそこでうまくやる気を引き出してやるのが、親の腕の見せ所ってね」

「そうね」

「大滝さんのところは、もうだめね。ランキングにのぼってもいない。誰か順位をお聞きになりました?」

「確か215位って娘が言っていたわ」

「ああ、だめだめ。あんな風にならないように気をつけなくっちゃ」

「怖いわねえ」

「本当にねえ」


 その後も、他人の子どもの成績についてお世辞を言ったり、自分の子どもの教育について嘆いてみせたり、塩野さんを崇め奉ったりして、ランチの時間が終了した。

 塩野さんがこれ見よがしに、高価そうな腕時計にちらりと目線をやったのが、お開きの合図だった。ママ友たちはそれぞれニコニコ笑顔を貼り付けながら帰り支度をする。


 私は「ちょっとコンビニに用があるので」と言って先に失礼した。そしてコンビニのトイレに駆け込んで、深い溜息をついた。


「つかれた……」


 気づくと口にしていた。

 それから、あれ? と思った。


 ママ友会って、楽しいものじゃなかったっけ?

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