たぶん、それなりの


 ルゥルはまぶたを半分下ろし、冷たい視線をバッシュに向けた。


「……なるほど、合点がいきました。このスケコマシはそのようなやり口で、いたいけな少女たちをたぶらかしてきたのですね」

「人聞きの悪い言い方やめてくれる!? そういうんじゃなくて――そのまんまの意味で、実態に即した表現なんだよ!」


 自身の名誉のために、決して口説き文句などではないことを説明する。


「さっき言ったろ。俺が近付くと仲間はみんなヒリつくって言うか、殺気立つって言うか――目はギラつくし笑顔は怖いしで、いっときも気が休まらない」

「他人の好意を疎ましがるなど、清々しいほどの屑っぷりですね。さすがのわたくしも感服いたしました」

「屑……!? まあ、それはそう……なんだけれども!」

「ですが、陛下はどうなのです?」

「レェンといるのは楽しいよ!」


 だらしなくゆるむのを自覚しながら、バッシュはへらりと笑って言った。


「ああ俺、幸せだな~って思うし。見えてる世界の全部がまぶしく感じて――世界って何て美しいんだろうって! でも、やっぱ緊張しちゃうからさ……胸は苦しくなるし、頭は回らないし、『俺臭くないかな?』とか、『変なこと言って嫌われたらどうしよう?』とか、そんなことばっかり気になって」

「ああ、そのへんで結構です。男のノロケというものは本当に気持ち悪いのだな、という学びは十分に得ました」

「ほらそれ! そこいくと、ルゥルさんは俺のことが嫌いじゃん?」


 指を差され、ルゥルは固まった。

 バッシュは長椅子の上で引っくり返り、お行儀悪く寝そべった。


「前に朝から晩まで監視されて――俺のダメなところも情けないところも全部見られてるから、今さら良く見せようって気負いもないしさ」


 味方だとわかった今は、こんなふうに無防備に、昼寝をすることさえできる。


「君の前では力みがないから、一周回って気が楽だって話」

「よくわかりました。向上心が欠落した、家畜のような男なのですね」

「その毒も、慣れちゃえば全然平気。むしろ、気の利いた冗句に思える」

「……何と、迂闊な。平和に惚けるには早すぎますよ、アルヴィナス・バシュラム」


 何を言っても堪えないバッシュを見て、ルゥルは深いため息をついた。


「わたくしといるのが一番気が楽などと、そんな不用意な発言が陛下のお耳に入りでもしたら、一体どんな事態になるか。考えただけで面白――もとい、不安です」

「そういう前フリみたいの本当やめて!? 最近レェンも怖いときあるから!」

「――それと。どうやら貴方は、大変な考え違いをしています」


 とん、とヴェード紙の書簡をまとめ、胸に抱えて立ち上がる。

 厳しく切り捨てるような言葉は、先ほどまでとは雰囲気が違う。


 勇者のあまりのたるみっぷりに、愛想を尽かしたのだろうか?


 びくつくバッシュにルゥルはつかつか歩み寄り、ひょいと身をかがめた。

 バッシュの鼻先に落ちる長い髪を、片手でさらりと耳にかけ、


「貴方のことが嫌いだなんて、わたくし、一度でも申しましたか?」


 しっとりとそうささやいて、ルゥルは部屋を出て行った。


 髪の残り香だろうか、甘い匂いがバッシュの鼻をくすぐる。そのあたりでようやく勇者は我に返り、言われた言葉を頭で組み立て、文章にした。


「――え? それって、どういう」


 ルゥルの去った方、扉の側を振り向いて、バッシュは跳び上がった。

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