憂いはあれど


 急に歯切れが悪くなるのを自覚しながら、バッシュは言い訳した。


「どっちも俺の出る幕じゃない……って感じでさ」

「まあ――王女、聖女、大魔導師がお仲間ですからね。交渉事や社交の類は彼女たちの方がはるかに適任ですし、護衛に関しても、陛下の身辺には常に三人の誰かしらが張り付いていますし」

「うん、そう……って、何で知ってるの?」

「わたくしは陛下の忠臣ですので」


 しれっと言う。バッシュは閉口した。面白がって、のぞいていたに違いない。


「人間の連携というのは実に強固なものですね。打ち合わせもなく、ああも息ぴったりで動けるとは。貴方と陛下が二人きりにならないよう、三人がかりで」

「そうなんだよ! レェンと二人で話せたのって、この1週間で半刻もない!」


 ひょっとしたら、こんな生活が一生続くのではと不安になる。


「でしたら、『蜜月を邪魔するな、今からおっぱじめるぞ』とでも言ってあげればよろしいのでは?」

「言えるわけある!? それに……まあひどい話ではあるんだけど、ひどいばっかりでもないっていうかさ……」


 もし三人が邪魔をしているだけなら、レェンもあんなふうには笑わないだろう。


 アイも、エルトも、マウサさえ、レェンと一緒にいるときは、気を遣ってくれている。何やかやと話題を振ったり、菓子を勧めたり、人界を案内したり――神官たちの敵意や好奇の視線から、それとなくかばったり。


「みんな、仲良くなろうとしてる――んだと思う。レェンも嬉しそうだ」

「……左様ですか」

「俺も参加したいなって思うんだけど、俺が現れた途端に空気が張り詰めるっていうか――険悪になるっていうか――いつの間にか全員そろうし、急に火花が散り出すの! 何でだよ! 俺のいないところでは仲良くやってるのに!」


 バッシュはガンガンと石壁を殴り、悔しがった。

 自分だけが輪に入れない。この疎外感は〈大いなる探索〉のときよりひどい。


「まあ、貴方が争いの元凶と言いますか、いさかいの種ですし?」

「そうなんだけど……そうなんだけど……傷つく……!」

「なるほど、それでどこにも居場所がなく――この上はわたくしの執務を邪魔するくらいしか、やることがないと。実に意気地のない男ですね」

「……どうしよう。まるで言い返せない」


 ルゥルは天魔王の側近として、文官たちのとりまとめをやっている。会議中はレェンの補佐をし、終了後は議事録の清書を自ら担当していた。


 バッシュがここでくつろいでいると、目障りなのかもしれない。


 ルゥルにまで邪魔にされたら、ちょっと泣いてしまいそうだ。

 バッシュは長椅子にちょこんと座り、とりあえず下手に出た。


「午後の会議までここにいさせてくれない? 仕事の邪魔はしないから」

「それは構いませんが――」


 執務机についたルゥルが、わずかに首をひねる。机の上の鳥竜が同じように首をひねり、なかなか面白い絵になった。


「迷惑?」

「いえ……好き好んでわたくしにいじられたがるのが意外で。あちらでも気疲れ、こちらでも気疲れでは、身が持たぬでしょう?」

「いやいや、どうして。むしろ君といるときが一番、気が休まるって気付いたね」


 ルゥルの金色の眼が、大きく見開かれた。


 最近はそうでもないが、本来は表情の変化に乏しい女性である。彼女にこんな顔をさせることに、バッシュは段々と達成感を覚えつつあった。

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