悔いはあり
バッシュは腕組みをして、うーんとうなった。
「こういうとき、バウロウド卿がご存命ならな……って思うよ。あの人を死なせずに済む方法も、あった気がするんだ……」
ルゥルは揶揄を含んだ口調で、意地悪く言った。
「さすが、『綺麗事の』バッシュ様。お優しいことで」
「二つ名みたいに言わないで……。優しいとかじゃなくて、打算だよ。卿が味方になってくれてたら、魔界の抑えはきいただろ?」
「打算と言うなら、あのような討たれ方をしてくれてよかった、とも言えます」
「――どういうこと?」
鳥竜に菓子のようなものを与えながら、ルゥルは自身の見解を述べた。
「炎の
「始めませんよ!? と約束できないのが、自分でも怖いところだけど……」
そういうことならば、その警戒心は最大限、利用したい。殺戮者としての業が役立つというのは、何とも複雑な心持ちではあるが。
「なら、バウロウド卿には感謝しなくちゃいけないな」
「……そうですね。さすれば、荒れ狂う卿のフェストゥムも慰められましょう」
「出現してるの!? どこ!?」
「言葉のあやです。あるいは罪のない冗句、でしょうか」
もしくは『祈り』か。バッシュもまた、バウロウド卿の魂が安らかであれと願う。
「あの人はレェンの父親代わりで、知恵者だったんだよね? こうなる結果まで見越して、わざと散った――って可能性はない?」
「考えすぎです。ただ己の思想に殉じただけと……思いますが」
途中で確信が揺らいだらしい。ルゥルは曖昧な微笑を見せ、肩をすくめた。
「最期の最期は、わかりません。あれでなかなか、度量の大きな御仁でした。少なくとも、わたくしの父親などよりは、よっぽど」
「へえ、ルゥルさんのお父さん。そのあたりの話も、今度聞いてみたいな」
「……いやらしい」
「何でさ!」
語りたくない話題なのだろうか。確かに、親しくもない者に身内の話をするのは、人間でもはばかられる。血に縛られる魔族なら、なおさらかもしれない。
「ともあれ、人界も魔界もまだまだ不安定で、今が大事な時期ということです」
それなのに――、と説教くさくルゥルは続けた。
「こんなところで油を売っていてよろしいのですか、バシュラム〈
バッシュの身分をことさらに強調し、からかう。
つい先日、保留となっていた勇者一行の論功行賞が終わり、バッシュにはアフランサ王から最大戦功の大勲章が与えられた。
アフランサの爵位は三段階あり、大陸の夜を照らす三つの月になぞらえ、下から紫爵、白爵、紅爵だ。紫爵は最下級ではあるものの、生まれの明らかでない一介の騎士にとっては、異例の大出世と言えた。
狭いながらも所領が安堵され、徴税権と城ひとつを得た。バッシュも立派な一国一城の主となったわけだが、魔王の入り婿でもあるため、在所はまだ未定である。
「地位のある者には、義務も課せられるもの。まして貴方は天魔王の夫――ご自分の妻が命を狙われているというのに、会議も奥方もほったらかしとは」
「や、そうは言うけどもね……?」
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