終章 「世界が終焉る」と勇者は言った。

そして


 盛夏の太陽は暴君だ――とは、魔人の勇者〈灰のロビス〉が残した言葉だ。


 天を衝く霊峰の涼しさも、盛夏の太陽には抗し切れない。巡礼者も多いこの時期、聖地勤めの神官たちは、旅人の看護に案内にと多忙を極める。


 昨年までは、魔帝アダマリスの包囲を受けていた。

 今年は何と天魔王が来臨し、空前の大騒ぎとなっている。


 ――無論、侵略のためではない。和平交渉のためである。


 これから3か月、半年近くに及ぶ長い会議を経て、まずは終戦の合意と布告。それから条件の詰め。その後は条約の締結、発布と進み、冬が始まる頃には人魔のあいだで歴史的和解がなされる……という筋書きだ。


 段階を踏むとは言え、長い大戦の歴史を思えば、あまりに性急な変化とも言えた。信徒の混乱と動揺は計り知れず、聖騎士団は厳戒態勢を強いられている。


 初週は顔見せということで、会議もさしたる中身がない。特産品を交換したり、両界の風土を紹介したりで、ご機嫌うかがいの趣きである。


 血気に逸った英雄志願者が数名、マウサの網にかかった以外は大した混乱もなく、日程はつつがなく進行していた。


 聖女エルトの口添えがあっても、神官たちの拒否感は根強く、払拭しがたい。それでも、同じ卓にはついてもらえるようになった。


 それは決して、小さくない進展だろう。

 こうしたことを積み重ねていけば、いつか――と、バッシュは気長に構えている。


 人間と魔族は7世紀ものあいだ戦い続けたのだ。神が両者のあいだに置いたという敵意は、永い永い時間をかけて解きほぐすしかない。


    ◇


 法王のおわす御所にして、教団の総本山たる〈法王庁〉大聖堂。

 その三階、勇者一行のために用意された部屋から、バッシュは聖地を見下ろした。


 窓から望む景色は雄大だ。左手にはフェムロン市街の白い街並み。右手には聖域を護るアダンの壁が見える。その向こう、男子禁制の聖域に飛び込んだ日のことを、バッシュは懐かしく思い出した。


 自分の旅がこんな結末を迎えるとは、あの頃は思ってもみなかった。いや、ほんのひと月前でさえ、再びこの地で歓待を受けるとは思えなかった。


 ぼんやり感慨に耽っていると、ばさばさと羽音を立てて、鳥竜が入ってきた。


「おっ、ルゥルさんの伝書竜じゃん。可愛いな~。よしよし――」


 と伸ばしかけた指を、横から誰かがつかんで止める。


 ――ルゥルだ。この暑さをものともせず、厚ぼったい侍女服姿を通している。


「あ、ごめん、触っちゃダメだった?」

「……いえ、わたくしは一向に構わないのですが。そのように小さななりでも、その子は人肉の味を知っていますので」

「そんな猛獣、放し飼いにしないでくれる!?」


 バッシュの抗議には耳を貸さず、ルゥルは鳥竜を手にとまらせ、文箱を開けた。

 手紙を開き、目を通す。表情には、これといった変化は見られなかった。


「悪い知らせでは、なさそうだね?」

「ですが、朗報というほどでも。陛下の留守中も魔皇四座に動きは見えないと」

「『見えない』だけ――って可能性がある?」


 こくん、とルゥルがうなずく。

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