たくましさに笑い


「ご安心を。情報収集は続けています。現在、本国からの報せを待っている状況――だったような?」

「安心できる要素がない! そこは自信を持ってよ!」

「などという、待ちの焦燥感をまぎらわすための冗句はさておきまして」


 彼女に焦燥感なんてあるのだろうか?

 いぶかるバッシュの前で、ルゥルはそっと声を潜めた。


「どうも、人界に侵入した者がいるようです。既に暗躍を始めています」

「侵入――狙いは何だろう?」

「わかりきったことを。勇者一行のほかに、誰を狙うと言うのです?」


 狙いはバッシュ。あるいは、その仲間。

 ならば当然、敵が向かう場所は――


 バッシュは周囲の喧騒に耳を澄まし、その往来を見回した。


「この王都が、戦場になる……?」

「おそらく」

「君は、その……大丈夫なの?」

「わたくしの、この風体のことですか?」


 皮肉っぽく微笑む。

 灰色の肌に、長い耳。角と魔紋。まごうことなき、魔族の風貌だ。


 魔法で人間に化けることも可能なはずだが、ルゥルはそうしていない。


「石くらいは飛んでくるかと思いましたが、今のところありませんね」

「……よかった。それは本当に、起こって欲しくないことなんだ」


 人間にも、魔族にも、それは体験して欲しくない。

 そんな愚かで、悲しいことは。


 バッシュの心を読み、ルゥルは聞こえよがしのため息をついた。


「甘い男ですね、勇者バッシュ。それは起こります」

「――――」

「魔族と人間のあいだの敵意は、石を投げようが投げまいが、変わらず存在するからです。両者の争いを抑止したければ、投石以上の暴力で抑えつけるしかありません。大衆の良心などに期待するのは間違っています」


 それは何とも、現実的な意見だった。


「だからこそ――こたびの婚姻、わたくしは一定の評価をしています。二つの世界を代表する暴力――勇者と魔王が手を結べば、逆らえる者はいませんからね」

「……無理やり抑えつけたくは、ない。それをしてしまったら……いつか、俺たち以上の力を持った誰かが現れたとき、簡単に覆されてしまう」

「それは仕方のないことです。世界はそのようにできているのですから」


 納得はしたくないが、否定できる言葉も、バッシュは持たない。

 国家も、教団も、勇者自身も、実力を持つ組織であり個人だ。その力に抗えないから、人々は従っている――とも考えられる。


 だが、それだけではないだろう。

 人々が権力に服従するのは、従うに足る何かがあるから――ではないか?

 だから大衆は従い、その結果として権力が生じる、という側面も……。


「まあ、そう深刻にならず。魔将六騎イスタリスの姫たるわたくしに、無礼を働ける人間など、そうそういませんよ」


 薄く笑って、魔力の炎を燃やして見せる。常人には視認できないはずだが、気配だけは伝わるようで、道往く人々が一斉に振り返った。


 今さらルゥルに気付いた、という者もいるらしく、腰を抜かしたり、逃げ出したりと、若干の騒ぎが起きる。


 ――が、その程度だ。彼女を攻撃する者はいない。

 商人たちに至っては、石を投げるどころか、会釈する者までいる。


「君、ひょっとして……普段から出歩いてる?」

「人界の風俗、民度というものを、把握する必要がありますので」


 さすがの図太さだ。バッシュは可笑しくなった。


「食べ歩きもいいけどさ、大陸の通貨なんて持ってたの?」

「わりとありますね。この小袋に、スィル貨が2ダイム、クリュ貨が4ダイム」

「俺の小銭入れじゃん! 別にいいけど!」


 バッシュの部屋からくすねたらしい。いっそ清々しい気分になって、バッシュは笑った。自分が魔界に行っても、このたくましさは見習いたい。


 そのとき不意に、街道から悲鳴があがった。


「魔獣だ! 逃げろ!」

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