珍味を味わい


 ――空間を制御する魔法のようだ。マウサが扱う古代魔法に似ている。


「わたくしは人界のものを堪能していますので。バッシュ様には魔界のものを味わわせて差し上げましょう」


 ルゥルが指で包みを解くと、中には炭の小片のような物体が並んでいた。

 黒ずんだ褐色で、トルトの便みたいな――などと言ったら張り倒されそうだが。


 どうやら菓子らしく、それまで嗅いだことのない種類の、甘い香りがした。


「……人間の体温だと、指でも溶けるかもしれませんね」


 そう言うと、ルゥルは自らの指でつまみ、バッシュの鼻先に突き出した。


 バッシュは混乱した。彼女が手ずから食べさせてくれるなど、とても怖い。

 だが無論、断るのはもっと怖いので、大人しく食べさせてもらう。


 いきなり噛み砕く勇気はないので、恐る恐る舐め溶かす。

 するりと溶けた塊が、くすぐるように舌をなぞり、いい香りが鼻腔を抜けた。


 刹那、ぱっと世界が輝いたような気がした。


 何も言えず、しばし放心。そのまま硬直していると、ルゥルが鳥を餌付けするように、ひとつふたつとつまみ上げ、次を食べさせてくれる。


 結局すべてを平らげてから、バッシュはようやく言葉を発した。


「うっま! 何これ!? うまっ!」


 のみくだした後まで、幸福の余韻が残っている。


 甘かった――が、糖蜜ほどきつい甘さではない。ほんのりと優雅な甘味だ。

 舌触りは煮詰めた乳に似ていた。独特の香気と刺激がある。渋み……苦みか。それが味に奥行きを与え、ひと言では表現しにくい、複雑な味覚を生み出していた。


「ザガン以東の香辛料……いや、パランサ南部のネェド果……みたいな」

「それはフォン果の風味でしょう。脂質の多い実――というか種子でして。すりつぶし、アゴラの液糖で練り固めたものです。ちなみに人間が多量に摂取すると」


 バッシュはぎくりとした。人界で食されるマイの実なども、未成熟の果肉と種子に毒性がある。魔界の怪しい植物となれば、既に致死量という可能性も――


「太ります」

「……太るんだ」


 なるほど、道理だ。現にもう、バッシュはその効果を実感していた。


「すごいな。胃に入った瞬間から力になる。頭まですっきりしてきた」

「栄養価が高く、覚醒作用があります。魔界では戦闘糧食にも使われるものですからね。温めた乳に溶かしてのむ、なんてのも乙ですよ」


 これが糧食か――とバッシュは感心した。人界の歩兵用糧食と言えば、油で炒った豆、固焼きの無発酵メルマウ、干し肉などが精々だが。


「ごちそうさま。王侯貴族も引っくり返る美味だったよ」

「――勇者の活力になったというのは、魔族としては複雑なものがありますが。そうまでベタ誉めされては、作った者も悪い気はしないでしょう」

「誰が作ったの?」


 ルゥルは答えず、蔑むような眼を向けて、「いやらしい……」と言った。


 理不尽極まりない仕打ちだったが、彼女の理不尽にはすっかり慣れてしまっているので、バッシュも顔色一つ変えず受け流すことができる。


「ところで、こないだ言ってた、『敵』の件なんだけどさ」


 すっとルゥルの眼つきが鋭くなった。

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