邪道に訴えたのは


    7


 グング鳥に仕込んだ歌は、確かにアイへの救難信号だった。


 だが、アイが気付いてくれれば――それを『見張っている者』にも、当然届く。

 そこまで見越しての、二段構えの作戦だ。


 ほっと安堵しつつ、バッシュはルゥルに笑みを向けた。


「ずいぶん、遅かったじゃないスか……ルゥルさん」

「礼より先に不平を言うとは、大層なご身分ですね。相手はかのセパイドラ・レガ・リスタ・マウセリク――人呼んで〈月虹げっこうのマウサ〉ですよ? 本気で隠れられたら、探し出せるはずがないでしょう」

「はは……さすがのルゥルさんでも、お師匠は難敵か」


 笑うバッシュをじっとのぞいて、ルゥルがつぶやく。


「――笑っていられる程度の余裕は、あったようですね」

「あ、一応は心配してくれた感じ?」

「何かしら、このしゃべる虫……気色悪い……」

「本気の声音やめて!? ふざけてすみませんでした!」


 早速じゃれ合う二人の前で、魔力の炎が吹き上がった。


 魔力と敵意の両方を燃やし、マウサがルゥルをにらみつける。


「魔族が……私の邪魔をするの……!?」

「――不本意ですが」


 ルゥルはしれっとして、マウサの気勢を受け流す。


「バッシュ様は我が君、アズモウド・ファウロンド・レーネイフ陛下の夫となられる方。お護りしなくてはなりません。ほんっっっとに不本意ですが」

「不本意なら、やめたら? それがお互いのためよ?」

「ご存知ありませんか? 魔族は法によって生き、法によって死ぬる者。人界に住まう嘘つきどもとは違い、契約を決して違えません」

「……魔族が」


 ごうっ、とマウサの魔力が爆ぜ、火焔の龍になった。


「人の言葉をしゃべらないで!」


 マウサの代名詞、灼熱波濤。こんな狭い場所で使えば、大爆発は免れない。

 アイはともかく、バッシュは絶対に助からない――からこそ、それが威嚇に過ぎないと、バッシュにはわかっていた。


 バッシュはすたすたとマウサに近付き、彼女の身体をまさぐり始める。


「バッシュ!? こらっ、やめなさい! どこをさわ――あっ馬鹿!」


 そして、目当てのもの――てのひら大の石版を奪い取った。


 材質不明の魔石で、表面には美しい光沢があり、古代文字が浮かび上がっている。これこそ、大魔導師たちが捜し求めた、究極の魔導器――


「「「ウルティガ!?」」」


 マウサとルゥル、そしてアイの声が重なった。


 値段をつけようとすれば、天文学的な金額になるだろう。

 史料的価値も、戦略的価値も、桁外れ。

 どんな財宝にも勝るそれを、バッシュはルゥルに投げ渡した。


「〈破魔の波動〉を!」


 それはあらゆる魔法を瞬時にかき消す、究極の古代魔法だ。現在の使い手は天魔王アズモウドのみと言われ、呪文も儀式手順も明らかにされていない。


 しかし、これをマウサはかつて使った。〈天空監獄ザザ〉に一行が囚われたとき、幽閉魔法〈夢幻氷牢〉を打ち破るために用い、脱出の活路をひらいたのだ。


 従って――それはちゃんと、ウルティガに収録されている。


 一瞬、ルゥルの眼に怪しい光が走った。

 そう……今ならウルティガを悪用し、魔星天撃やら、烈震地裂やら、大海嘯やらの破壊的な魔法で、勇者とその仲間二人を始末できる。

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