思い出したのは
5
アフランサの東、サダイの尾根を越えた先に、〈追憶の祠〉という霊境がある。
教団よりも歴史が旧く、起源はイマ聖王朝時代にまでさかのぼる。こうした霊地を教団は『旧き神々』とくくり、一定の敬意を示しつつ、関与は避けていた。
バッシュとアイがここを訪れたのは、当時行方知れずだったバッシュの母――大魔導師マウサの足跡をたどるためだ。
祠の巫女たちにより、時渡りの儀を施されたバッシュは、まず自分の過去を見た。そうして自身の生い立ちを知り、マウサとの出会いを目撃した。
その後で、『あの日』のことも知った。
マウサがバッシュの前から姿を消した、あの日。
二人で暮らすあの家に、育ての母が帰って来なかった理由。
ひと言で言えば、その原因はあまりに無惨な〈敗北〉にあった。
◇
7人からの魔法使いが、サダイの峨々たる峰を飛ぶ。
杖の上に立つ者もいれば、つる編みの浅いかごに腰掛けた者もいる。全員が気流を制御し、あたかも無風の中を行くかのごとく、安定した飛行を見せていた。
彼らのウルティガ探しは、まだ続いていた。
勇者ハーウェが天魔王と相討ちになったことで、魔軍の侵攻は一時的に止まっている。魔獣の脅威がやわらいだのを受け、ここ数年は手分けをして、めいめい勝手に各地を飛び回っていたのだが――
先日、古都ドレンドンの〈
それは古代の旅行記で、それによると、現在はサダイの氷河があるあたりに、現代人の知らない都市があったらしい。
未発見の都市を発掘できれば、まだ見ぬ手がかりが見つかるかもしれない。ひょっとしたら、ウルティガそのものがある、という可能性も……。
そんなわけで、久方ぶりに大魔導師が勢ぞろいと相なった。
目的地はサダイ奥地の大渓谷、永久凍土と呼ばれる秘境。
徒歩であれば、到着までに2週間。滞在できる拠点を築き、周辺の地理を把握して――と段取りを踏む場合、必要な食料も燃料も膨れ上がり、大変な長旅になる。
しかし、彼ら塔の魔法使いならば、日帰りも不可能ではない。
「マウサ、バッシュはどうしてる?」
暇を持て余した様子で、痩せた魔法使いが言った。
上空の風は冷たく、薄い。速度も出ているので、呼吸するのもひと苦労――のはずだが、塔の魔法使いたちに常識は通用しない。皆が楽そうにしているし、むしろ居眠りの方が怖いので、こうして無駄話をする。
「元気よ。頭もいいわ。美少年だし。将来は救世主になる」
「そ、そうか、でっかい親馬鹿だな……。ひとりで留守番してんのか?」
「まだ7つよ? ちゃんと使い魔を置いて来たわ」
「7つ――そんなになるか」
大柄な魔法使いが、しみじみと言った。
マウサがバッシュを拾ったとき、側にいた大男だ。
彼はどうやら、マウサを育てた師でもあった――らしい。そのため、バッシュを『早すぎる孫』くらいに感じていたのかも知れない。ときどき家に顔を出し、何やかやと世話を焼いてくれた記憶が、今のバッシュにもうっすらある。
「マウサ、次の春からはちゃんとバッシュを聖堂にやれ。庶民の餓鬼はみんな、読み書きやら算術やらを日曜学校で学ぶんだ」
「必要ないわ。私が教えてるもの」
「馬鹿、おまえ。学校って環境に意味があるんだ」
大きな体を縮こめて、もどかしげに言う。
「大人になりゃ、嫌でもほかの人間と付き合わなきゃならねえ。そういうアレソレの基礎をだな、あの空間で学べるってもんで」
「私はそんなのしなかったわ?」
「そりゃおまえ、おまえが断固として嫌がるから……」
「やめとけ、やめとけ。口ではマウサに敵わんよ」
老いた魔法使いが言う。皆が大笑いとなり、その話は終わりとなった。
――気のいい連中だった。
全員が大魔導師で、賢者で、冒険家で、同志で、家族だった。
そんな彼らであっても、未来は見通せなかったらしい。
死神は竜に乗ってくる――アフランサのことわざだ。それは空から急襲するように、前触れもなく、堅固な城壁さえ飛び超えて、一瞬でやってくる。
ほんの数刻前まで、こんなふうに、空の上で談笑していたというのに……。
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