思惑に気付いたのは


 一人きりの個室で、バッシュはかつてない解放感を味わった。


 人心地がつくと、改めて、巨大な疑問がのしかかってくる。


「何を考えてるんだ、一体……!」


 マウサがまるでわからない。よくわかっているつもりだったのに。


 ――いや、それを言うなら、アイやエルトのことも、よくわかっているつもりだった。結局、誰のこともわかっていなかった。それだけだ。


 とりあえず、ここに監禁されるまでの記憶をたどる。

 例のフェストゥム騒動を収め、大聖堂でエルトの治療を受け、それから騎士寮に戻り、ルゥルの寝床を手配して、お休みを言って、いつも通りに就寝して……。


 次に目覚めたときには、もうこうなっていた。


 おそらく、目撃者はいない。ルゥルにすら、見咎められていない。さすがは大魔導師、驚嘆すべき手並みだ。ただの犯罪者だが。


 一体、何が目的なのか。バッシュを監禁して、何の意味が――


 ばーん、と扉が開いたような感覚とともに、マウサの狙いがわかった。


「時間……か!」


 そうだ。マウサは時間を欲している!


 このままバッシュが戻らなければ、どうなるか。


 人間と魔族は反目し合っている。互いをまるで信用していない。時が経つほどに不信感を募らせ、険悪になっていくだろう。


 勇者を拉致したのは魔族であると、教団の側は考える。

 それは言いがかりであると、魔族の側は反発するだろう。


 その先に待つのは、停戦協定の破棄。

 勇者奪還という大義名分を掲げ、教団は勇んで聖戦の再開を訴え――魔族もまた、嬉々としてそれに応じる。


「冗談じゃない……!」


 破られた協定を結び直すのは、一度目よりもずっと難しい。戦端が開かれてしまったが最後、レェンとの結婚もご破算。何もかもが水泡に帰す!


 しかし現状、脱出は困難を極める。勇気の聖痕が封じられている以上、〈天空監獄ザザ〉に囚われた時より難しい。


 唯一、方法があるとすれば――


「ウルティガ……だな」


 魔鏡ウルティガ。またの名を〈賢者の石〉。


 ほかでもない、バッシュたちが見つけた至宝。その実態は『魔法全書』とでも言うべきもので、イマ聖王朝時代の全魔法を網羅した、一種の事典である。


 その優れた点は『詠唱を代行してくれる』ところにある。魔力さえ確保できれば、呪文を知らずとも、習得していない魔法が放てるのだ。


 もし――魔封じの戒めを解かれた状態で、ウルティガを奪うことができたら。

 立場は逆転する。少なくとも互角にはなる。


『裏切りだわ』


 と突然言われ、バッシュは飛び上がった。

 最中であれば、服を汚していたかもしれない。完了していたので、惨事は免れたが。


『ひどい裏切りよ。赦されないわ。そんなの絶対、赦されるべきじゃない』


 声が続く。口調はマウサだが、声質が違う。


 外から聞こえるのだと気付き、バッシュは換気のための小窓をのぞく。

 既に日が落ち、闇に沈んだ裏庭に、光点がふたつ、またたいていた。


「――グング鳥?」


 いわゆる石化鳥。虫を捕らえる際、唾液のつぶてを飛ばすのだが、これが速乾性の膠のようなもので、羽やら肢やらを封じ、あるいは気門を塞いで動きを止める。


 人を石に変える妖怪――などと伝説に謳われ、実際、魔獣化させればそのくらいの危険生物になる。田舎ではたまに見かけるが、人里はケメル鳥の縄張りのため、グングは追い払われてしまうことが多い。


 一瞬、『ルゥルの使い魔では?』と期待したのだが――


『バッシュ、愛してる』

「……そりゃどうも」


 鳥に言われて、かっかと火照る。

 マウサの使い魔だ。夜目が利くので、家の外を見張らせているのだろう。


『裏切りよ。裏切りだわ』

「まだ何もしてないよ! よりにもよって、そんな言葉を覚えなくてもいいだろ――」


 ――いや。バッシュはマウサを『裏切った』のではないか?


 血の気が引くのを感じながら、バッシュは過去に思いを馳せた。

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